2007年 60回カンヌ国際映画祭 監督週間正式出品映画
『美しすぎる母』(原題 SAVAGE Grace)
トム・ケイリン監督、ケイティ・ルーメル プロデューサー来日記者会見
司会: 実存の事故を元にフィクションの本となった原作を、今回映画化しました。本日は『恍惚』以来久々のメガホンを取りましたトム・ケイリン監督とケイティ・ルーメルプロデューサーが来日しています。
それでは早速お迎えいたしたいと思います、トム・ケイリン監督とケイティ・ルーメルプロデューサーです。
司会: 早速お二人から来日しての感想を含めて挨拶を頂きたいと思います。
トム: ありがとうございます、『美しすぎる母』についてみなさんと分かち合えることを大変嬉しく思っています。東京に来られてとても嬉しいです。
昨日から取材を受け始めていまして、映画についていろいろお話ができるのが楽しいです。ありがとうございます。
ケイティ: ありがとうございます。こうして日本に熱意と共にこの作品を配給してくれました事に、そしてアスミック・エースにお礼申し上げたいと思います、ありがとうございます。本日こんなに沢山の方にお越しいただきまして大変嬉しいです。ありがとうございます。
司会Q: ありがとうこざいました。早速質問をさせて頂きます。
本作品は実際にあった衝撃的事件を元に作られた映画なのですが、この中ではさまざまなタブーが描かれています。こうした題材を映画化しようと思った理由をお話ください。
ケイティ: 一番大きかったのは複雑なキャラクターが登場する複雑なストーリーであったこと。決してシンプルなストーリーでないからこそ面白くなるのです。そこに惹かれました。
キャラクターたちがどのような人物だったのか、なぜそのような行為に至ったか、なぜそのような道を選んだのか、という探究心がこの題材と出会って、結末へ続いていきます。
トム: 『美しすぎる母』は、小説よりも奇なり…事実が時にフィクションよりもよりショッキングであるというよい例だと思います。ショッキングな面を持ち合わせつつも、どこか深い古典悲劇に通じるような面も持った物語ではないでしょうか。
家族内の夫婦や母と息子といった人間関係の難しさ、愛の限界は何なのかを描いています。
司会Q: 実際の事件を映像化するにあたってご自分ならではのアプローチの仕方や特に意識されたところはありますか。
トム: 映画の中では1946年から1972年という大変長きにわたる時期、異なる時代を描いています。その時々の時代性を巧く見せながら、各キャラクターの長い旅路といったものを描いているという点はこの作品のユニークな点でしょう。
それを実現するために、才能豊かな俳優たちが集まってくれました。最も才能ある女優の一人であるジュリアン.ムーア、ひょっとして皆さんは未だ知らない人もいるかもしれませんが新鋭のエディ・レッドメイン、ブルックス役のスティーヴン・ディレインなど、非常にユニーク且つ才能ある俳優たちとコラボレートすることで完成しました。
隣にスーツがあるので申し上げますが、これはジュリアンの為にカール・ラガーフェルドが特別に製作したもので大変思い出深い衣装です。
これはバルセロナでの撮影以来、目にしていなかったのでこうして見て大変嬉しくなります。(ジュリアンが実際に劇中で使用したシャネルのオートクチュールのスーツが会見場に展示)
また、本作品は26年ものスパンだと申しましたが、同時に4ヶ国を舞台に展開します。でも、撮影はすべてバルセロナで行いました。
この事も今回の一つのチャレンジです。アメリカ人である自分たちがスペインで映画を作るということも興味あることでした。
司会Q: ありがとうございました。
Q: ジュリアン・ムーアとエディ・レッドメインを起用した理由をお願いします。
ケイティ: まず、ジュリアンについてですが、クリエイティブな観点からは監督が早くから「彼女しかいない」と決めていました。映画の製作資金調達の面では、彼女の起用というのは彼女の存在は資金を集めるための大きな助けになりました。製作に入る3,4年も前からジュリアンの名前は企画に載っていました。
エディは100人からの通常のオーディションを経て決まりました。もちろん出資者には納得してもらわなければなりませんが、それも難なく納得していただけました。
Q: ジュリアン・ムーアとエディ・レッドメインとの関係性はどうでしたか?
トム: 二人のコラボレーションというのは、オーディションの段階から始まっていたのです。
トニー役の最終オーディションにジュリアンも同席してくれまして、最終選考まで残った5人と一緒に台本の読み合わせまでしていただきました。
その一人目が、今回のエディだったんです。そのとき私もジュリアンも何か感嘆したように感じたところがあり、2人で顔をみあわせて「あっ、見つかったね、トニー…」と話したくらい見つけたという感覚がありました。
俳優としては、2人とも非常に違うアプローチをとります。
ジュリアンはまさに本能で演技をします。彼女は自分の心情や感情へ自然なアクセスが出来る女優で、実際の現場でも、最近読んだ本やさっき食べた食事の話などを本番前までしていたというのに、「アクション!」と声がかかった瞬間で、そこに「バーバラ」が現れる。そんな人です。
対してエディは、英国人俳優ということもあるのかきっちりリハーサルをしたり役への分析を求める…そういうタイプの俳優です。ですからディスカッションもかなり豊富に行いました。
もちろん彼も本能や直感といった点でもよい物を持っていますが、よく考えて演じる姿勢に監督として興味が湧きました。
このように違うアプローチをとる2人の間でなにか化学反応のようなものもありました。2人の関係でやはり大きいのはエディが本当にジュリアンの息子と言えるルックスをしていたという事でしょう。
司会Q: ジュリアン・ムーアさんが扮したバーバラの衣装が各場面で彼女の感情、内面を表しているように感じましたが、衣装について何か特別に考えがあったのですか?
ケイティ: この映画に限らず、キャラクターの設定表現に大いに衣装を使うべきだと思っています。今回の映画ではバーバラを始めとして、それぞれの衣装の変化が各々のキャラクターの段階変化を表しています。時代的過程をみせるためにも重要です。
1946年ではバーバラはとても若い女性で、ラベンダー色のやわらかで非常に若々しいドレスに身を包んでいます。映画の終わりの方では、真っ赤なとても強い色のシャネルのスーツを着ています。それは冒頭とは対照的
で、この衣装では彼女の強烈な気持ちが表されているのです。
衣装や小道具といったものが、どれほど役作りに使える要素なのかを実感しました。
また私自身、映画の勉強を通常の形でしたわけではなく、ビジュアルアーティストとして絵画などを勉強していたので、色がどれだけストーリーテリングに役立つものなのか十分分かっているつもりです。
それぞれのシーン毎に色を意識して考えています。たとえば、パリでのシーンは華やかなピンクなどカラフルなイメージ、喧嘩をした空港のシーンでは爆発するような赤いジバンシーのワンピースをジュリアンに着せ、彼女のたぎる感情を表しました。
今回衣装をスペイン人のガブリエラ・サラヴェッリという普段はオペラの衣装を担当している人にお願いしています。ですからオペラ的な部分も感じられるのではないでしょうか。
また、オートクチュール衣装はその道で著名なディディエ・リュドにお願いしています。彼はオートクチュールのビンテージコレクターでもあり、彼ら厚意に預かりバレンシアガ、シャネルやジバンシーのビンテージ品衣装を使うことができました。
それに加え、ジュリアン自身はカール・ラガーフェルドとの親交もありまして、彼がここにあるドレスを彼女のために作ってくれました。彼のような巨匠というデザイナーがこの映画のためにわざわざ衣装を作ってくれ、自分の映画作品に使えたというのは本当に幸運な事です。
Q: 実在のセンセーショナルな事件というのはたくさんありますが、なぜこの事件を選んだのですか?
トム: 本作で扱った話は最も根本的な人間関係つまり家族、その中から起きた事件だったからです。人生の中で重要な愛、愛の限界、愛の境界にまつわる犯罪だったからです。
登場人物は極端なところまでいってしまいますが、キャラクターそれぞれ複雑だけれども彼らもまた人間です。私はそうした人物でも思いやりをもって描いたつもりです。
彼らの過ちを通して、私たち皆がもっている人間の本質を垣間見たり、探究したりすることができるのではないかと思います。
この映画ではすべての要素が真逆一対で表現されます。悲しさと美しさ、エレガンスとバイオレンス、優しさと怒り…こういった点が大変面白かったです。
非常にエキサイティングなキャストでジュリアンだけが唯一アメリカ人というインターナショナルな集まりに恵まれました。
司会Q: ケイティ・ルーメルプロデューサーへ、女性から見てバーバラの考えをどう思いますか?
ケイティ: 女性の観点からというと難しいですが、バーバラはやはりとてもナルシストでしたよね。映画スターに憧れたナルシスティックな女性のイメージです。
ですが、ジュリアンや私自身がこの作品に惹かれた理由というのは、true crime、実際に起きた犯罪においてバーバラのような女性は非常に珍しいからだと思います。
バーバラはとても強く強烈で、思いのまままっしぐらに進んでいきます。そういう女性のキャラクタは余りありませんよね。
Q: ジュリアン・ムーアのメイクの印象は、若いときは母親らしく年をとるごとに女っぽく色っぽくなっていきましたが、メイクのポイントとした何かがあれば聞かせてください。
トム: 今回、幸運なことにスペイン人の姉妹がメイクを担当してくれました。この2人はスペインのメイク界をリードしている方たちで、ニコール・キッドマンの『アザーズ』のメイクも担当しています。特殊メイクの手法での老けメイク目にすると、私は気になってしまうタイプなのであえてそうしたメイクにしませんでした。
また、今回、衣装による時のうつろいというものをかなり表現できたと思いますので、それに加えてメイクで補ったといったところでしょうか。
ジュリアンが絶望しているシーンで、これは女優業では珍しいことですが、全くのノーメイクでの撮影だったりして本当にすごいです。映画の最後、シャネルスーツに包まれているジュリアンは、まさに「社交界の女」というようにキツくメイクも隙のないものになっています。メイクによってそのような変遷も表すことが出来ました。
こうした全体像の中で映画の語りからもわかるように物語は息子のトニーの声で語られ、トニーの主観的な視点で進行します。
息子のトニーの目に映る母バーバラは、あまり年を重ねていきません。彼の母親像は彼が理想化したふうに登場するので、あまり老けさせるということを意識する必要はないのです。
ジュリアンのちょっとした振舞い方や小道具の使い方によって、人生のそれぞれの段階の年齢を表現できましたから、わざとらしく年齢を見せるメイクは要りません。
司会Q: バルセロナでのロケで心に残る思いはありますか?
ケイティ: マジョルカでのシーンで使わせていただいたお城が、なんと千年の歴史があるものでした。そこでの撮影はとてもすばらしい体験でした。幽霊がたくさんいるというお城で、監督は本当に幽霊がいたと言ってます(笑)
バルセロナだけで全てのロケ地を見つけるのはやはり大きなチャレンジでした。そこしかない、というロケ地でもなんとか見つけて無事撮影することが出来ました。
トム: 夏だったのでビーチでのロケ地はすぐに見つかると思っていたが、夏ともなると、みんながビーチに出ますから、逆にとても大変でした。地元のビーチと交渉して許可をもらいましたが、いざ行くと、ヌーディストがたくさんいまして…作品では66年のスペインの舞台ですから、時代的にヌーディストは居ないはずなので画面に映ってはいけないのです。
ジュリアンのまだ小さなお嬢さんがビーチにきていまして、「ママ、ママ、あの人たち裸だよ!」などと言うわけです。
ですからスタッフの仕事は、画面に裸の人が入らないように、はけていただくことでした。
もう一つが、冒頭のニューヨークの通りのシーンですね。
バルセロナでたった1ブロックだけ「これだったらなんとかニューヨークに見えるだろう」という通りがありまして、まずはその通りに建っているビルの住人一人一人全員を訪問して、撮影の許可を取らなければなりませんでした。
このシーンは真夏で、しかも撮影初日です。気温湿度とも高くとても蒸し暑い日でしたが、映画の中では冬の設定ですから雪の代わりで塩を撒いたり、女優さんたちには毛皮などを着せるのでかわいそうでした。
ワンカットとるごとにエアコンの効いた部屋に移動するようでした。
スクリーンに映っているものと、撮影現場が全くちがうよい例ではなかったでしょうか。
司会: はい、どうもありがとうございました。これで質疑応答を終わります。
---以降フォトセッションへ---
登壇者(敬称略) トム・ケイリン(Tom Kalin)監督、ケイティ・ルーメル(Katir Roumel)プロデューサー
英語通訳 大倉美子、司会進行 映画パーソナリティ・伊藤さとり
2008/4/18都心ホールビッフェにて。
T,Tomonaga.
映画は2008年6月7日(土)よりBunkamura ル・シネマ他全国順次ロードショー
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