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イザベル・アジャーニ / ISABELLE ADJANI (ヴィヴィアンヌ) - ヴィヴィアンヌ...女優 82年のジャン=ポール・ラプノー作品『炎のごとく』では父の大騒動に巻き込まれる 娘を演じたのとは正反対に、今回は企画の発表されるや自ら名乗りでて、皆を大騒動 に巻き込む大女優の役を巧みに演じ、作品の国際的成功に寄与した。 1955年6月27日パリ17区生まれ。父はトルコ系アルジェリア人、母はドイツ人。 以来、フランスを代表する 女優として世界から注目され、ロマン・ポランスキ監督作『テナント』(76)、アンドレ・ テシネ監督作『バロッコ』(77)と『ブロンテ姉妹』(79)、ウォルター・ヒル監督作 『ザ・ドライバー』(78)と活躍。79年にブリュノ・ニュイッテンとの間に息子バルナベ をもうけ、一時休業。復帰し、81年アンジェイ・ズラウスキ監督作『ポゼッション』 (セザール賞受賞)と歌も披露したジェイムズ・アイヴォリー監督作『カルテット』と いう全く異なる役柄の2作品でカンヌ映画祭に登場し、両作で最優秀女優賞を受賞。 83年は『死への逃避行』、『殺意の夏』(セザール賞受賞)で絶賛されると共に、 「令嬢ジュリー」で久しぶりに舞台に立ち、セルジュ・ゲンズブールのプロデュース・ 共作によるアルバム「雨上がりの恋人」で歌手デビューし、第二弾シングル「マリン・ ブルーの瞳」のクリップをリュック・ベッソンに監督させて、その後、ベッソン監督作 『サブウェイ』(85)、3度目のセザール賞受賞、アカデミー賞候補となった『カミーユ・ クローデル』(88)、4度目のセザール賞受賞作『王妃マルゴ』(94)と熱演、好演を残す。 95年にはダニエル・デイ=ルイスとの間を第二子を設けて、子育てに専念するが、 96年はシャロン・ストーンの希望で『悪魔のような女』に出演。98年は『パパラッチ』 に本人として出演。2000年はアリアス演出「椿姫」で久しぶりに舞台に立って話題と なり、翌年のモリエール賞にもノミネート。02年はレティシア・マソン監督作 "Le repentie"で久しぶりに映画に主演。続いてコンスタン著「アドルフ」の映画化を ブノワ・ジャコに依頼して『イザベル・アジャーニの惑い』でカブール・ロマンティック 映画祭の最優秀女優賞を受賞。この後、特別な共感を寄せてフランソワ・デュペイロン 監督『イブラヒムおじさんとコーランの花たち』にゲスト出演。なお、05年はレジス タンスを描くTVミニシリーズに主演予定である。 - ボーフォール...大臣 カンヌ映画祭の最優秀男優賞、セザール賞主演男優賞を受賞し、フランス男 優で初めてアカデミー賞主演男優賞候補となった『シラノ・ド・ベルジュラック』 (89)に続くラプノー作品で、『バロッコ』(76)、『カミーユ・クローデル』(88) 以来のアジャーニ再共演を果たした。 1948年12月27日フランス中部シャトルー生まれ。12歳で少年院に入るが、 更正プログラムで演劇を勧められ、出所後、コートダジュールで海の家の売り子、 石鹸工場の工員など学費を稼ぎ、16歳でパリに出てジャン=ロラン・コシェの 演技コースを受講。コシェ演出の"Les garcons de la bande"で初舞台を踏み、 65年ロジェ・レナールの短篇『ビートニクと素敵な少年』で映画初出演。カフェ・ テアトル運動にも参加し、寸劇なども始めると共に、TVにも出演。71年ミシェル・ オディアールの"Le cri du cormoran le soir au-dessus des jonques"での 好演で注目され、以後ジョゼ・ジョヴァンニからマルグリット・デュラスまで、 アクションからアートに至る幅広い層から声がかかるようになり、74年には ベルトラン・ブリエの問題作『バルスーズ』での破天荒な役柄で評判となり有望な 若手に贈られるジェラール・フィリップ賞を受賞。 以来、フランスを代表する新しい タイプの男優として活躍を始め、『1900年』(76)、『バイバイ・モンキー』(78) といったイタリア監督の作品や、『ハンカチのご用意を』(78)、『料理は冷たくして』 (79)といったベルトラン・ブリエ作品などに主演する他、ジャック・ルフィオの『仮面 死の処方箋』(76)と『甘くない砂糖』(79)、マルコ・フェッレーリの『最後の女』(77)、 クロード・ミレールの『愛していると伝えて』(78)で毎年セザール賞の主演男優賞に ノミネートされ、80年トリュフォーの傑作『終電車』で初受賞。 その後も、フランシス・ ヴェベールやブリエのコメディかフランソワ・トリュフォー、アラン・レネ、モリス・ ピアラのドラマまで多彩な役をこなし、セザール賞も『ダントン』(82、モントリオール 映画祭男優賞受賞)、"Les Comperes"(83、フランシス・ヴェベール)、『フォート・ サガン』(84)、『刑事物語』(85、ベルリン映画祭男優賞受賞)、『悪魔の陽の下に』 (87)、『カミーユ・クローデル』(88)、『美しすぎて』(89)、『愛の報酬/シャベール 大佐の帰還』(94)でノミネート。88年にはレジョン・ドヌール勲章を受賞。90年は 『グリーン・カード』でゴールデン・グローブ主演男優賞(コメディ/ミュージカル部門) を受賞。 なお、監督作"Un pont entre deux rives"(99)のヒロイン、キャロル・ブーケと 結ばれ、映画、TV、演奏会などで共演したが、離別。なお、04年は久しぶりにテシネ作品 "Les temps qui changent"でカトリーヌ・ドヌーヴと再共演したのに続き、ジェラール・ ジュニョ監督によるジャン・ルノワール作品『素晴らしき放浪者』のリメイク"Boudu" にも主演する。
ヴィルジニー・ルドワイヤン / VIRGINIE LEDOYEN (カミーユ) - カミーユ...学生 1976年11月15日パリ郊外オベールヴィリエ生まれ。母オルガはロシア系、 父方の祖父はスペイン人。3歳から幼児モデルとして活動を始め、"ブイトーニ"、 "Air Inter"などのTV-CFにも出演。85年は故ダニエル・バワヴォワーヌの最後の ミュージック・クリップ"L'Aziza"に出演して注目を集める。この後、『蒼い衝動』 (87)で映画デビュー。 90年、フィロメーヌ・エスポジト監督作"Mima"が評価され、 巨匠マルセル・カルネの"Mouche"に主演するが、監督の容態悪化で撮影半ばで中止。 この決定と共に『メランコリー』(93)に配役され、この好演によりセザール賞有望 若手女優賞にノミネート。以来、オリヴィエ・アサイヤス監督作『冷たい水』(94)、 ブノワ・ジャコ監督作『シングル・ガール』(95)でも候補となり、またジャコのTV "Marianne"(94)や『沈黙の女』(95)、『プレイバック』(96)などでにフランスを 代表する若手女優として活躍。98年は異色ミュージカル『ジャンヌと素敵な男の子』 が評価され、パリ映画祭の主演女優賞とシュザンヌ・ビアンケッティ賞を受賞。 その後も、ピエール・ジョリヴェ監督作『天子の肉体』(98)、アサイヤス監督作 『8月の終わり、9月の始まり』(99)などにも出演すると共に、ウォルター・サレスの "Chasse a l'homme" (95)、エドワード・ヤン監督作『カップルズ』(95)、 ジェイムズ・アイヴォリー監督作『シャンヌのパリ、そしてアメリカ』(98)、ダニー・ ボイル監督作『ザ・ビーチ』(00)などで、国際的にも活動。 00年はドパルデュー主演の TV『レ・ミゼラブル』にコゼット役で出演。02年フランソワ・オゾン監督作『8人の 女たち』で共演者7人と共にベルリン映画祭とヨーロッパ映画賞の最優秀女優賞を受賞。 今回は、アジャーニの指名で本作に出演し、熱演を披露。新作のパスカル・ロジエ監督 デビュー作"Saint Ange"ではルー・ドワイヨンと共演している。
イヴァン・アタル / YVAN ATTAL (ラウル) - ラウル...ごろつき 1965年1月4日イスラエル、テル・アビブ生まれ。2歳で渡仏。その後、演技を学び、 在学中エスパス・カルダンで上演したニール・サイモン作「ビロキシー・ブルース」(87)で 初舞台を踏む。続いてアマンディエ劇場でピエール・ロマンの演出助手を務めるが、 舞台での演技を注目したエリ・シュラキはTVシリーズの一篇"Parlez-moi d'amour" (88)に起用。続いてエリック・ロシャンの長篇デビュー作『愛さずにいられない』(89) に助監督として付くが、主人公の相棒役が見つからず、自分が演じることとなり、 この好演によりセザール賞の有望若手男優賞とミシェル・シモン賞を受賞。 以来、 マチュー・カソヴィッツの短篇"Cauchemar blanc"(91)、ディアーヌ・キュリスの 『愛のあとに』(92)などに次々と出演すると共に、ロシャンの『愛を止めないで』(92)、 『哀しみのスパイ』(96)に主演。特に前者に共演したシャルロット・ゲンズブールと その後結ばれ、97年には男子をもうけ、映画も『愛されすぎて』(91)、『ラブetc.』 (96)、セザール賞第一回長篇監督賞候補となった『ぼくの妻はシャルロット・ゲンズ ブール』(00)で共演を重ねる。他にも『恋人たちのポートレート』(96)、英語作 『ザ・クリミナル』(98)と『いつまでも二人で』(00)、クロード・ルルーシュ監督作 『レディース&ジェントルメン!!』(02)、女優ヴァレリア・ブルーニ・テデスキの 『ラクダと針の穴』(03)などに次々と登場、本作の熱演でセザール賞助演男優賞に ノミネート。04年はジョニー・デップがゲスト出演するシャルロットとアラン・シャバ 共演による長篇監督第二作"Ils se marierent et eurent beucoup d'enfants"を 完成させた。新作はソフィー・マルソー共演作"Anthony Zimmer"。
- オジェ...作家 92年フロラン演劇学校の自由クラスを修了後、ジョゼフィーヌ・ドレンヌ (『モリエール』78)のアトリエで学ぶ。93年アルテ製作シリーズ「Les annees lycees」の 一篇でTV初出演。95年にはENSATT(国立舞台芸術高等学校)に入学し、在学中、 エリック・ロシャン監督作『アンナ・オズ』(96)でシャルロット・ゲンズブールの友人役を 得て、映画デビュー。続いてフランソワーズ・ファビアン共演のTV映画"Un chantage en or" (96、ユーグ・ド・ロガルディール)で初の大役を得、以来 "Paloma"(97、マリアンヌ・ ラムール)、"Chez ma tante"(98、ダニエル・ラヴォー)、"L'occasionnelle" (99/ ディアーヌ・ベルトラン)、"Le bois du Pardoux" (00/ステファーヌ・クルク)といった TV作品で活躍し、映画も『アデュー、ぼくたちの入江』(97)、ブノワ・ジャコの"Pas de scandale"(99)、ロラン・ペランの"30 ans"(00)にも登場。01年フランソワ・デュペイロン の傑作『将校たちの部屋』での演技が評判となり、共演のジャン=ミシェル・ポルタルと 共に02年セザール賞有望若手男優賞にノミネート。続いて"Mille milliemes"(02、レミ・ ウォーターハウス)でイレーヌ・ジャコブと共演。本作の大役で熱演を披露し、セザール賞 有望若手男優賞を受賞。 本作後はフィリップ・リオレの"L'equipier"でサンドリーヌ・ボネールと共演し、 クロード・ルルーシュによる二部構成による大作"Le Genre Humain 1 - Les Prisiens" にも配役されている。
ピーター・コヨーテ/ PETER COYOTE (アレックス・ウィンクラー) - アレックス・ウィンクラー...新聞記者 1942年10月10日アメリカ、ペンシルヴェニア州コルヴァー生まれ。本名Peter Cohon。 サン・フランシスコをベースにマイム劇団などで舞台活動を続け、演出家としても活動。 80年ロビー・ベンソン主演作"Die Laughing"で38歳にして映画デビュー。以来、ウォ ルター・ヒルの『サザン・コンフォート』」(81)、アラン・ルドルフの『真夜中の極秘実験』 (82)や、TV映画などにも次々出演し、82年はスティーヴン・スピルバーグの大ヒット作 『E.T.』で謎めいた科学者を演じて一躍世界的名声を得る。以来、『クロスクリーク』 (83)、『ハートブレーカー』(84)、『白と黒のナイフ』(85)、『うるさい女たち』(87) などに次々と出演。87年ディアーヌ・キュリスの『ア・マン・イン・ラブ』でフランス映画に 進出。以来、エリ・シュラキの英語作"The Man Inside" (90)、ロマン・ポランスキの 問題作『赤い航路』(92)、ペドロ・アルモドバルの『キカ』(93)と、ヨーロッパの監督と の仕事を続ける。その後も映画、TVと活躍し、『アンフォゲタブル』(96)、『パッチ・ アダムス』(98)、『スフィア』(98)、『ランダム・ハーツ』(99)、『エリン・ブロコビッ チ』(90)といった話題作にも登場。02年は『ファム・ファタール』で久しぶりにフランス の地に戻り、本作後は仏人俳優ステーヴ・シュイサの監督作"Le grand role"(04)にも 出演している。
ジャン=マルク・ステーレ / JEAN-MARC STEHLE (コポルスキ教授) - コポルスキ教授 ヨーロッパ演劇界を代表する美術デザイナーの一人。しかし、その特異な存在感に より映画出演の依頼も受け、特にイザベル・アジャーニとは主演作『王妃マルゴ』(94/ 宿屋の主人役)と『イザベル・アジャーニの惑い』(02/アドルフの父役)に登場させて、 今回もコポルスキ教授という大役を演じさせた。 美術デザイナーとして、スイス出身の舞台演出家ベノ・ベッソンの舞台を手掛ける ようになり、その後は彼の妻となったコリーヌ・セローの舞台や映画も担当し、両者に は欠かせない存在となる。マヤ・シモンの"Polenta"(82/美術も)、フラシス・ルスール のスイス映画"Derobrence"(85/美術も)、アリーヌ・イセルマンの"L'ombre du doute" (93)といった作品に俳優としても登場し、セローの『ロミュアルドとジュリエット』 (89/美術も)と『女はみんな生きている』(01)にも出演。 なお、モリエール賞は、ベノ・ベッソン演出によるセロー作・主演"Quisaitou et Grobeta"(94)とゴッツィ作"Le Roi cerf"(98)で美術賞と衣装賞、ジャン=ミシェル・ リブ演出でグランベール作の"Rever, peut-etre" (99)と"L'enfant do"(03)で 美術賞を受賞。他にもサミ・フレイが折にふれて上演しているペレック作の一人舞台 "Je me souviens"、トーマス・ラングホーフ演出によるゴーゴリー作"Le Revizor" (00)なども評判となった。なお、パリ・オペラ座ではB.ベッソン演出「魔笛」(00)、 セロー演出「セビリャの理髪師」(02-4)をデザインし、共にTV収録されている。
オロール・クレマン / AURORE CLEMENT (ジャクリーヌ) - ジャクリーヌ...社交界の婦人 アジャーニと意気投合し、舞台「椿姫」(00)、映画"Le repentie"(01)で共演を 続ける。本作でも親友役で登場するオロール・クレマン。 1945年ソワソン生まれ。ルイ・マルに見出され、モディアノが脚本を欠いた『ルシ アンの青春』(74)のヒロインで映画デビュー。これで世界的に注目され、女優志願 ではなかったものの、マリオ・モニチェッリ、ジュリアーノ・モンタルド、ディーノ・ リージらイタリアのベテラン監督たちからのオファーを受ける。78年はシャンタル・ アケルマンの『アンナの出会い』の主演で評価される一方、夫ディーン・タブラリス が美術を担当したコッポラの受難作『地獄の黙示録』(79)に出演するが長尺となり 出演シーンはカット(その後の再編集版で復活)。以後、ピーター・デル・モンテの 『旅への誘い』(82)、クロード・シャブロルの"Le fantomes du chapelier" (82)、 ビクトル・エリセの『エル・スール』(83)、ヴィム・ヴェンダースの『パリ、テキサス』 (84)、プーピ・アヴァーティの『追憶の旅』(85)、アンヌ=マリー・ミエヴィルの 『マリアの本』(84)、マウロ・ボロニーニの「さらばモスクワ」(85)、ゲンズブールの 『スタン・ザ・フラッシャー』(89)、クレール・ドニの『ガーゴイル』(01)など国内外 で活躍し、TVも『新・メグレ警視』シリーズの『メグレと首なし死体』(92)篇など 多数出演。一方、舞台は88年に進出し、93年はイザベル・ナンティ演出「かもめ」、 96年はデュラス作"Les eaux et forets"、98年は大ヒットしたエイドリアン・ブライ ン演出「理想の夫」の引き継ぎとツアーに主演した。
グザヴィエ・ド・ギユボン / XAVIER de GUILLEBON (ブレモン) - ブレモン...官房長官 ストラスブール国立高等演劇学校で学んだ後、87年アヴィニョン祭でジャック・ ラサル演出、マリヴォー作"Les acteurs de bonne foi"、88年シャイヨー宮国立 劇場上演のブリジット・ジャク演出によるコルネイユ作「オラス」とハイナー・ミュ ラー作"Horace"の連続上演などに出演して、評判となる。翌年はフィリップ・ガレル の映画『救いの接吻』と、TV大作ミニ・シリーズ"La nuits revolutionnaires"(89/ サン=フロラン役)に出演。その後も舞台に専念し、フランソワ・ランシヤク演出 「ジョルジュ・ダンダン」、ジャン=クロード・パンシュナ演出「試練」と「兵士の物語」、 ジャン=クロード・ファル演出「プラトーノフ」「イワノフ」連続公演、そしてエリック・ ヴィニェ演出でロラン・デュビヤール作"La maison d'os" (01)と、活躍。アニェス・ ジャウイの監督デビュー作『ムッシュ・カステラの恋』(00)に演出家アントワーヌの ゲイの恋人ウェベール役に起用され、好演する。以来、映画界でも注目され、デュペ イロンの傑作『将校たちの部屋』(01)、マリオン・ヴェルヌの"Reines d'un jour"(01)、 大ヒット作『スパニッシュ・アパートメント』(02/ジャン=ミシェル役)、ジャン= ピエール・スピナジの"Vivre me tue"(02)、パトリック・ティムシットの"Quelqu'un de bien"(02)などに次々出演。本作以降"Le cout de la vie"(03)でファブリス・ ルキーニ、"Je prefere qu'on rest amis"(04)でジェラール・ドパルデューと共演 している。
ミシェル・ヴュイエルモーズ / MICHEL VUILLERMOZ (ジラール) - ジラール...運転手 コンセルヴァトワール在学中より、活動を始め、88年はジャック・リヴェットの傑作 『彼女たちの舞台』にも1シーン出演し、89年はラプノーの『シラノ・ド・ベルジュラック』 にも脇役で出演。その後、ロベール・オッセン演出「ジュリアス・シーザー」で舞台活動を 始め、顔のそっくりなアルベール・デュポンテルとコンビを組んでTV"Sale histoires" (90/マニュエル・ポワリエ)でおバカなコメディに挑戦。もう一人の親友ドニ・ポダリデス と組んで、自らの演出で「セビリャの理髪師」を上演。以後、オペレッタ「パリの生活」、 プラディナス演出"Les Guerres Pichrocholines"と「リチャード三世」、ユゴー作「リュイ・ ブラス」などに出演すると共に、演出にも取り組む。94年はブノワ・ジャコ監督のTVミニ シリーズ"La vie de Marianne"にも出演。95年は『そして僕は恋をする』で嫌みな教授役 で印象を残して、映画界でも注目されると共に、デュポンテル監督の『ベルニー』(96)と "Le createur" (99)、ポダリデス主演『神のみぞ知る』(96)を始め、『シリアル・ラヴ ァー』(98)、"Les Acteurs"(00/ベルトラン・ブリエ)、"Absolument fabuleux"(01)、 『天使の肌』(02)などに次々と出演。一方、97年には自作自演の喜劇"Andre le magnifique"が評判となって、2年のロングランとなると共に、00年には自身の主演で 映画化された。本作以降は、ド・ギユボン同様"Le cout de la vie"に登場し、 "L'empreinte"(04/ダヴィッド・マチュー=マイアス)に主演。更にジャン=ピエール・ ジュネ期待の新作"Un long dimanch de fiancailles" やイザベル・ユペール共演作 "Les soeurs fachees"などにも起用されている。
エディット・スコブ / EDITH SCOB (アルベソー夫人) 1937年10月21日生まれ。59年ピエール・カストの"Le bel age"で映画デビュー後、
『壁にぶつかる頭』(59)、『顔のない眼』(60)、"Therese Desqueyroux" (62)、
『ジュデックス』(63)といった一連のジョルジュ・フランジュ作品で注目を集める。 (バイオ執筆:梅園房良)
ジャン=ポール・ラプノー / JEAN-PAUL RAPPENEAU (監督・脚本) 1932年4月8日ヨンヌ県オセール生まれ。父ジャンは建設業者。当地のリセを卒業後、 パリ大学に入学。53年より映画の助監督を始め、特にエドワール・モリナロの短篇に付く。 また、自ら"La maison sur la place"、"Chronique provinciale"(58)といった短篇を監督。翌年、イヴ・ロベールの"Signe Arsene Lupin" の共同脚本に参加。以来、ルイ・マルの『地下鉄のザジ』(60)と『私生活』(61)、アラン・ カヴァリエの"Le combat dans l'ile"(62)、フィリップ・ド・ブロカの大ヒット作 『リオの男』(62)、ドニス・ド・ラ・パトリエールの『マルコ・ポーロの大冒険』(64)の 脚本を次々と手掛ける。 この後、自身の監督作に取り組み、66年カトリーヌ・ドヌーヴ、フィリップ・ノワレ 共演によるコメディ『城の生活』を発表。興行、批評とも大成功を収め、ルイ・デリュ
ック賞、カルロヴィ=ヴァリ映画祭審査員特別賞を受賞。以来、新作発表が待たれる中、 4年を経てジャン=ポール・ベルモンド、マルレーヌ・ジョベール共演による『コニャック
の男』を発表。この後、ド・ブロカの『おかしなおかしな大冒険』(73)の脚本に参加。 82年はモンタン、イザベル・アジャーニ、 ローレン・ハットン共演のアクション・コメディ『炎のごとく』も大ヒット。 そして8年振りとなる久しぶりのオリジナル作品の企画を発表するが、ヒロイン、 ソフィー・マルソーの出産で降板が発表されるや、かつて彼女に作品をいくつか譲った
アジャーニが名乗りを上げ、それに伴い彼女好みの豪華配役、スタッフが集結。
1945年7月30日パリ郊外ブローニュ=シュル=セーヌ生まれ。国家行政官となる父 アルベールはイタリア系ユダヤ人ということでナチス政権下にはブローカーとして活動。 母は女優のルイザ・コルペイン。パリのリセ・アンリ8世で学んだ後、作家を志し、67年 より執筆活動を開始。"La Place e l'Etoile (エトワール広場)"を最大手ガリマール社 より出版するや、高く評価され68年ネネオン賞とロジェ・ミニエ賞といった文学賞を受賞。 以後、"La Ronde de nuit"(69)、アカデミー・フランセーズ文学大賞を受賞した「パリ 環状通り」(72)と話題作を発表。ルイ・マルの依頼で、ナチスの活動に没頭する青年を描いた 『ルシアンの青春』(74)の共同脚本で映画脚本を初めて手掛け、英国アカデミー賞の脚本賞 にノミネート。続いて舞台"Le Polka"(74)で戯曲にも挑戦。76年は「イヴォンヌの香り Villa Triste」(75/94年パトリス・ルコントが映画化)でフランス文学賞を受賞。 78年は "Rue des boutiques obsures"でゴンクール賞受賞。81年は「ある青春」が評判となって
早速映画化が決まり、モーシェ・ミズラヒ監督で"Une jeunesse" (83)として映画化。 映画は、95年にパスカル・オビエ監督が映画祭に訪れたグルジアの一団に付いたコーディ ネートの仏青年と通訳の少女を描いた秀作"Le fils de Gascogne"で久しぶりに映画の 脚本を共同執筆。今回8年振りの映画台本でセザール賞に初候補となった。
1949年10月7日レバノン、ベイルート生まれ。7歳からアコーデオンを習うが2年で教師 から教えることはもうないと言われ、9歳から音楽理論を学ぶ。当地の聖ヨゼフ大学で 音楽を学び、同大学のオルガニストに師事するが、14歳の時に彼が他界し、その地位を 引き継ぐ。 バッハのオルガン曲を全て覚えた他、ブクステフーデ、パッフェルベル、 シューマン、リスト、メシアンと幅広い時代の作品を習得。しかし、当地で得られる 楽譜が限界だったため、69年には渡仏。エコール・ノルマルの生徒ではなかったが、 アンリ・デュティユー、モリス・オアナのクラスを聴講。その後、作曲コンクールに参加 して、入賞。 これで滞在を延ばすことが出来、TV、ラジオのテーマ曲やCFの作曲、ポッ プスのアレンジャーとして活動。特に、フランソワーズ・アルディ(「さよならを教えて」)、 ジャック・デュトロン、シャルル・アズナヴール、ジルベール・ベコーと大御所の作品を 手掛けて評判となる。 79年『勝手に逃げろ/人生』に主演したデュトロンがジャン=リュック・ゴダールに 薦めたことで、同作のスコアを担当。その斬新な音作りが評判となり、一躍、映画界 からも注目され、ピーター・デル・モンテの『旅への誘い』(82/旧ビデオ題「死体を積んで」)、 ベネックスの『溝の中の月』(83)でその才能を開花させ、SACEMの最優秀映画音楽賞を受賞。 以後、コスタ=ガヴラスの『ハンナK.』(83)、ユセフ・シャヒーンの『アデュー・ボナパルト』 (85)、オリヴィエ・アサイヤスの『無秩序』(86)とサントラも話題となった作品を次々手掛け、 セザール賞初候補となった『ベティ・ブルー』(86)で世界的人気を得る。その後、ロバート・ アルトマンの『ニューヨーカーの青い鳥』(86)、『ゴッホ』(90)、ジャン=ピエール・モッ キーの"Agent Trouble" (87/セザール賞候補)、イザベル・アジャーニ指名で手掛けて セザール賞を受賞した『カミーユ・クローデル』(88)、同賞受賞『愛人/ラマン』(92)や、 『メランコリー』『心の地図』(93)などを担当。アカデミー賞初候補で初受賞した『イング リッシュ・ペイシェント』(96)で国際的に活動を始め、『シティ・オブ・エンジェル』(98)、 『メッセージ・イン・ア・ボトル』(99)、『アイドル』(02)『抱擁』(02)、アカデミー賞候補 となったアンソニー・ミンゲラ監督の『リプリー』(99)と『コールド・マウンテン』(03)を 作曲。一方で、ローラン・プティ振付「恋する悪魔」(89)、「クラヴィーゴ」(99)やカロリン・ カールソンのためのバレエ曲なども書き下ろす。 今回はアジャーニ指名で久しぶりに フランス映画に復帰し、彼女の為に歌を作ると共にハリウッドでは潜めていたヤレド節を 炸裂させ、セザール賞候補となった。 ティエリー・アルボガスト / THIERRY ARBOGAST(撮影) 今やフランスを代表するトップとして君臨する撮影監督であるアルボガスト。ラプノーと 初めて組んだ『プロヴァンスの恋』(95)に続いて本作でも躍動的な映像で再びセザール賞 撮影賞を受賞した。 '76年、撮影監督フランソワ・アブーの助手となり、ゲイ・フィルムの先駆者フィリップ・ ヴァロワの一連の作品や、カルト的人気のアドルフォ・アリエタの作品に付く。その後、
短篇などの撮影監督も手掛け、86年にはジャン=ピエール・リモザンの『夜の天使』も担当。 以後、『レオン』(93)、セザール賞受賞の『フィフス・エレメント』(96)、 『ジャンヌ・ダルク』(98)といったベッソン監督作を手掛ける他、彼のプロデュース作 『ダンサー』(99)、『キッス・オブ・ザ・ドラゴン』(00)なども担当。他にも名匠アンドレ・ テシネの『深夜カフェのピエール』(91)と『私の好きな季節』(92)や、『赤と黒の接吻』 (90)、『わんぱく離婚同盟』(91)、『ブリジット/女が男を奪う時』(92)、『パリ空港の 人々』(93)、『アパートメント』(95)、『リディキュール』(95)、『黒猫・白猫』(97)、 『ウーマン・オン・トップ』(99)、『クリムゾン・リバー』(00)といった話題作を次々撮影。 ニック・カサヴェテスの『シーズ・ソー・ラブリー』(97)ではその撮影技術に対してカンヌ 映画祭高等技術委員会賞を受賞。2002年はそのカンヌ映画祭を舞台に描いた『ファム・ファ タール』でブライアン・デ・パルマ監督作を手掛け、これで意気投合し、2004年は"Toyer" も担当。また、ピトフの監督第2作『キャットウーマン』も手掛けている。
『うず潮』(75)、『炎のごとく』(82)以来久しぶりとなるジャン=ポール・ラプノー作品 で、衣装デザインのみならず、美術監修も務めるなど大役を果たし、セザール賞も2部門の 候補となり、美術賞を受賞した。 夫フランソワの監督作"Projection privee"(73)で映画の衣装デザインを始め、以後、 ロミー・シュナイダー主演 "L'importent, c'est d'aimer"(75)、カトリーヌ・ドヌーヴ 主演作『うず潮』(75)、『イザベル・アジャーニの女泥棒』(77)、アニー・ジラルド主演作 『優しい鶏牝』(78/フィリップ・ド・ブロカ監督)とトップ女優の作品を手掛けて信頼を 置かれる。また、巨匠アラン・レネとは『プロビデンス』(77)以来、『アメリカの伯父さん』 (80)、"La vie est un roman"(83)、"L'amour a morr"(84)、『メロ』(86/セザール賞 候補)、『お家に帰りたい』(89)、連作『スモーキング』(93)『ノー・スモーキング』(93)で 組み、クロード・ルルーシュとは大作『愛と哀しみのボレロ』(81)、『愛に生きた女 ピアフ』 (82)、『ヴィバラヴィ』(84)、『遠い日の家族』(85)と立て続けに担当。ジェラール・ドパル デューも出演の『シガニー・ウィーバーの大発掘』(85)でウィーバーに気に入られ、『愛は霧 のかなたに』(88)もデザイン。 他にも『スチューデント』(88)、セザール賞候補作"La Revolution francaise"(89)、『五月のミル』(90)、『海を渡るジャンヌ』『ミーティング・ ヴィーナス』(91)、『危険な関係/マックスとジェレミー』(92)、『おかしなおかしな冒険者』 (93/セザール賞候補)、『プレタポルテ』(94)と幅広いジャンルの作品をこなす。99年は ベッソンの大作『ジャンヌ・ダルク』で評価されセザール賞を受賞。02年はジョナサン・デミ によるリメイク「シャレード」も担当。本作後は大作TVミニ・シリーズ"Princesse Marie"(04/ ブノワ・ジャコ)で主演のドヌーヴの指名で彼女の豪華な衣装をデザインしている。
本作の大掛かりなセットで2度目のセザール賞美術賞を受賞したのは、ジャン=ポール・
ラプノー監督とはアカデミー賞美術・装置賞候補作『シラノ・ド・ベルジュラック』(89)の 装置、セザール賞美術賞候補作『プロヴァンスの恋』(95)の美術に続くラプノー監督との
コラボレーションとなるジャック・ルセル。
サウンド編集助手として『愛と宿命の泉』(85)、『悪魔の陽の下に』(86)、編集助 手として『髪結いの亭主』(90)、『IP5?愛を探す旅人』(93)などに付く。『ア・ラ・モ ード』(93)で編集監督に昇格し、以後はミシェル・ブランの『他人のそら似』(94)、 "Mauvaise passe"(99)、『キッスはご自由に』(02)を始め、ディアーヌ・ベルトラン の"Samedi sur la terre" (96)、ガブリエル・アギヨンの"Absolument fabuleux"(01)といったコメディなどで軽やかな編集さばきを披露。セザール賞は 『クリムゾン・リバー』(01)と本作で候補となる。
『シラノ・ド・ベルジュラック』『プロヴァンスの恋』に続くジャン=ポール・ラプノーとのコラボレーションとなるのは、その特異な音響設計で高い評価を受けるピエール・ガメ。 1944年8月23日ローヌ県タラール生まれ。70年代より録音助手として活動を始め、 パスカル・トマ、ジャック・ドワイヨンらの作品に携わる。主任となりアラン・タネールの 『世界の中心』(74)、『ジョナスは2000年に25才になる』(76)、『メシドール』(79)、 クロード・ゴレッタの『レースを編む女』(77)といった70年代を代表するスイス映画を多く 手掛ける。 一方、音響に凝るジャック・リヴェットの『デュエル』(75)、"Noroit"(76)、 "Merry-Go-Round"(79)、『地に堕ちた愛』(84)も担当。斬新な音響設計が映画人の注目を
集め、『溝の中の月』(83)、『夜のめぐり逢い』(88)、『グリーン・カード』(90)、『コロン ブス 1492』(92)、『愛の報酬』『ザ・マシーン』(94)、"Un
pont entre deux rives"(99/ ジェラール・ドパルデュー監督)、"San
Antonio"(04)といったドパルデュー出演作や、 『日曜日が待ち遠しい』(83)、『ゴダールの探偵』(84)、『予告された殺人の記録』『夏に
抱かれて』(87)、『インド夜想曲』『ミュージック ボックス』(89)、『アンナ・オズ』(96)、 『美しい人生』(99)、『シェフと素顔と、おいしい時間』『畏れ慄のいて』(02)などの話題
作を次々と担当。セザール賞は、コスタ=ガヴラスの"Clair de femme"(79)、『ハンナ・K』
(83)、『アーメン』(02)、クリスチャン・ド・シャロンジュの"Malevil"(81)と"Les
40emes rugissants"(82)、アラン・コルノーの『フォート・サガン』(84)と「たれ込み屋」(97)、 クロード・ベリの『愛と宿命の泉PART1
フロレット家のジャン』(86)と『ジェルミナル』(93)、 アラン・レネの"L'amour
a mort"(84)や、『ハーレム』(85)、『バンカー・パレス・ホテル』 (90)、『8人の女たち』(02)、そして本作で候補となり、ラプノーの前2作とコルノーの
『めぐり逢う朝』(91)で3度受賞している。
2003年 第17回カブール・ロマンティック映画祭 2004年 第30回セザール賞
1940年、パリ。ある大雨の晩、名声と社会的地位を手に入れた美しき女優ヴィヴィアンヌは、しつこくつきまとう男、アルペルを誤って殺してしまう。彼女は小説家を目指す幼なじみのオジェに助けを求めるが、遺体を運ぶ途中に事故を起こし、容疑者として逮捕されてしまう。ヴィヴィアンヌは真相の発覚とスキャンダルを恐れるが、彼は取調べで決して口を割らなかった。 数ヶ月後の6月14日。ドイツ軍の侵攻によりパリが陥落。フランス政府と民衆が大挙してボルドーへ疎開に向かう中、ヴィヴィアンヌは自分の身代わりとなったオジェの存在に後ろ髪を引かれつつも、愛人となった大臣ボーフォールの権力を利用してパリを脱出する。 列車で知り合った女子学生カミーユと、彼女の恩師、コポルスキ教授の助けを得て、やっとボルドーに到着したオジェ。街中で偶然にもヴィヴィアンヌと再会を果たすが、その素っ気ない態度に憤りを感じる。彼女が宿泊するスプレンディッド・ホテルに押しかけたものの、政府関係者や裕福なブルジョア階級、上流社交界の人々が溢れ返ったロビーではゆっくり話も出来ない。皆、自分の寝場所を確保するために躍起になっていた。 殺人の真相を聞き出そうとするオジェに、ヴィヴィアンヌは彼が犯人として逮捕されたと聞き、卒倒し、泣き暮らしたことを告げる。「信じる?信じてないわね」ヴィヴィアンヌの言葉に心惑わされるオジェ。そんな二人を、ヴィヴィアンヌに好意を寄せる英国人ジャーナリストのアレックスが遠巻きから見つめていた。 オジェをヴィヴィアンヌの幼なじみだと知ったボーフォールは、彼を閣僚の食事会へ誘う。しかし同じレストランに居たアルペルの甥に罪を追求されたオジェは、人々の制止を振り切り、窓を割って街へ逃げ出す。オジェが脱獄囚だと隠していたヴィヴィアンヌにボーフォールは怒り、警察の捜索隊を派遣させる。 ドイツ軍の侵攻を目前に、フランス政府は戦争維持派と反対派に分かれていた。国の命運を閣僚が決めかねている中、コポルスキ教授とカミーユはボーフォールに重要機密を打ち明ける。彼らが保管する"重水"は原爆の元となる化学物質で、ドイツ軍に見つかる前にイギリスへ持ち出すつもりだと言うのだ。海外脱出に向けて協力を求めるコポルスキ教授だが、ボーフォールは休戦協定の切り札に重水を使おうと企む。話が通じない大臣にカミーユは怒りの声を上げる「ドイツが何をすると思うの!原爆を作るのよ!」 アルベソー夫人の宿に身を潜めていたオジェのもとに、疲れきったヴィヴィアンヌが訪ねてくる。田舎町で共に育った懐かしい思い出を語り合う二人。今は立場が違うヴィヴィアンヌに、オジェは変わらぬ愛を打ち明ける。「一緒に逃げよう」「どこへ?」「分からない、遠くへ」「遠く・・・」 海外への脱出を図るコポルスキ教授とカミーユは、ボーフォールの命令で重水を回収しにきたフランス警察に逮捕されかかる。間一髪、通りかかったラウルの活躍で逃げ出すことに成功するが、重水を狙うドイツ軍スパイの手も確実に迫りつつあった。同じ頃、ヴィヴィアンヌと共に亡命を考えていたオジェは、最後までボーフォールに頼ろうとする彼女に叫ぶ。「君は誰も愛さない。自分さえも!」ヴィヴィアンヌはオジェの言葉に一人悩む。 オジェを救うため、ヴィヴィアンヌはパリの殺人事件の真犯人が自分であることを、涙ながらにボーフォールへ告白する。そんな彼女をボーフォールは許し、オジェへの追跡を止めさせる約束をするが、二人の関係はこれで最後だ、と別れを告げる。一方、宿に戻ったオジェは、ラウルが連れてきたカミーユたちと再会。すれ違い続けていたオジェとカミーユだが、宿で語り合う内に二人の距離は縮まっていく。どうにか渡英を探るカミーユたち に、オジェは深夜に車でスーラックまで走り抜け、朝に英国船で脱出する方法を提案する。 ボーフォールに捨てられ、傷心のヴィヴィアンヌは、アレックスに送られて出発直前のオジェを訪れる。ニースまで送って欲しいという彼女の最後の頼みを受け入れるオジェ。密かにオジェへ想いを寄せるカミーユは、彼に尋ねる。「来ないの?」「ああ」「彼女のためね」「僕の義務だ。他に道はない」二人の女性の間で揺れる気持ちを押し隠し、オジェはヴィヴィアンヌを送るために残ることを決断した。 カミーユに惚れるラウルが運転する車は、コポルスキ教授、カミーユ、そして重水を乗せて走り出す。しかし、その後ろには確実にドイツ軍が迫っていた。オジェはアレックスが実はスパイだったことに気付き、アレックスを殴り倒してカミーユたちの車を必死に追い駆ける。 残されたヴィヴィアンヌの愛の行方は?フランスの命運を握るオジェとカミーユが迎える結末は?迫り来るドイツ軍の侵攻を前に決断を求められるフランス政府、そして時代に翻弄される人々の運命は、ボルドーの二日間で大きく変わろうとしていた・・・。
※一部ストーリーが表示されている部分がございますので、映画を観たあとでご覧下さい。 -7歳の僕は女優ヴィヴィアンヌに恋をした- 畢生の大作-ジャン=ポール・ラプノー監督にとって、そう断言してもいい作品が『ボン・ ヴォヤージュ』であろう。8年の沈黙を経て誕生したこの作品には、ラプノー監督の少年時 代、人生、映画作りへの向き合いかた、映画へのオマージュなどが、渾然と一体になりな がら粒立つようなきらめいて、私たちを魅了せずにはいない。72歳の老監督のこの熱く、 震えるような若々しい感性に乾杯と言いたいところだ。 Q : ラプノー監督はもともと寡作ではありますが、8年ぶりというのは、あの名作『シラノ・ ド・ベルジュラック』を9年ぶりに作られた時に匹敵しますね。 「そうそう。そうなんだよね。その間、別に遊んでいたわけじゃないんだ。いろいろ企画 もあって、やってみようかとある程度進めたものもある。が、例えは悪いが、クスリでハ イになるように、ウォーって感じでもう無条件に気持ちがハイにならないと映画って作ろ うって気になれないものなんだ」 Q : ボン・ヴォヤージュにならないわけですね。 「うまいこと言うじゃないか。このボン・ヴォヤージュは、男たちを気分のままに利用して 生きているヒロインの女優ヴィヴィアンヌ(イザベル・アジャーニ)が、男たちにすべて
去られた後、自分に小さな決意のように、"ボン・ヴォヤージュ"とつぶやく。それがタイ
トルになっているんだ。このボン・ヴォヤージュは、またヴィヴィアンヌ相手に出口のない 恋を体験する青年オジェ(グレゴリ・デランジェール)のボン・ヴォヤージュでもあるんだ。 Q : ヨーロッパの監督にとって、第2次世界大戦は、一度は向き合うテーマとなってきまし たが、監督はこの大戦と正面から向き合うのは、今回が初めてですね 「私にとっても、私と同じ世代の監督にとっても、この大戦は、子供時代の大きな出来事 であると同時に大きな歴史でもあった。子供というのは、本来、回りの人間から守られて
いるものなのに、あの時代は、社会全体が崩壊し、すべての価値観がくつがえった。その 激動の中に、守ってくれる人もなく、僕ら子供たちは投げ出された。僕たちの心に焼きつ
いたその光景は、映画という中で、形にしていったって、忘れられるものではない。今回、 僕の作品で焦点を合わせたのは、その激動の時代の1940年6月のある週末のことだった。 Q : その時、監督はいくつだったんですか。 「7歳だった。その年、僕にとって忘れられないことが突然起きた。ある夜、母が僕たち 子供をたたき起こすと、沈黙のうちに僕たちをせかし、車に押し込んで南に向かった。ド イツ軍がパリに侵攻したという情報があったからだ。当時を思い出してみると、強烈なそ の思い出は、僕の中に悲劇として残っているわけではない。僕たち子供はむしろ興奮状態 に追いこまれていた。そして、子供の目でみれば、大人たちは、喜劇のようにおかしなド ラマを演じていた」 Q : 戦争の真実の姿というものは、そのようなところにあるのかもしれませんね。 「戦争のもう一つの形というより、もう一つのタッチで戦争を描いたということだろうね。 Q : フワフワ、フワフワと自分本位に生きている女優のヴィヴィアンヌなんかいい例ですね。 「あのイザベル・アジャーニいいだろう?普通だったら、彼女は『アデルの恋の物語』み たいに深刻な恋愛を演ずる人と思われている。が、この映画のアジャーニは、コケットリ ーでエゴイストでオプティミストな女だ。えっ、こんな女もいるのっていうくらいのノー テンキな女性さ。アジャーニは、それを面白がって、時におおげさに芝居がかって演じて くれて、すごくよかったね。アジャーニ自身、もともとそういうユーモアを持っているん だと思うよ」 Q : それにしても、映画はスピーディーな展開で進みます。 「36時間を描くのに、1400カット。1400÷36でちょっと計算してごらん。速いはずだよ。 Q : そんなにスピーディーにできたってことは、前もってよほど綿密なカット割りをされて いらしたんですね。 「もちろん。僕は1400カットの絵コンテを綿密に描いて持っていて、即興なんて許さなか った。編集の担当者は、2冊にもなるその絵コンテを渡されて、僕たちのやることないじゃ んとショックを受けていたよ。持ってくればよかったなあ。びっくり仰天の絵コンテなん だから。もちろん、偶然の産物に対しては、それをキャッチしようという寛大さはあった けれど、まあほとんど絵コンテ通りに進行した」 Q : ボルドーのホテルが舞台になっていますね。 「あのホテルの話はよく聞かされていたし、絶対、あそこに映画になる素材がたくさんあ ると思っていたんだが、不思議なことにあそこを舞台にした映画はいままで作られていな いんだよ。共同脚本家のパトリック・モディアノは、非常に綿密に取材してくれて、茶番 のようなあそこの日常のエピソードをたくさん調べてくれた。その実話をずいぶん採用し た。あのホテルには、フランス中からハイソサエティの人たちが疎開してきた。それで、 部屋の奪い合いになって、殴り合いの喧嘩が起きたり、貴族のご夫人たちがハンドバッグ を振り回して、部屋を確保するために大立ち回りを演じたりしているんだ。議会もその場 所で開かれることになったんだけど、場所がないから、学校の2階で国会が開かれるなん てことが起こった」 Q : ようやく自分にとっての第2次大戦を描く時がやってきたということでしょうか。 「が、それは戦争という歴史を描くという類のものではない。自分自身を形成してくれたいろん なものに対して、敬意を表したものが散りばめられた映画になっていると思う。大好きな 映画、たとえば、ジャン・ルノワールの作品や1950年代のアメリカの一連のコメディに対す るオマージュも含まれている。俳優たちの演技にも、その50年代のアメリカのコメディの 雰囲気がそこはかとなく漂っているのがわかるはずだ。また、かなり大げさな演技に私の 芝居好きな点も反映されているし、文学が好きということもオジェの上に反映されている んだよ」 Q : ラプノー監督を思わせる7歳の少年の視線も感じました。 「ボルドーでの光景は一種の大人たちのクレージーな光景で、子供心に理性が死ぬ時を見 たような気がする。その子供の視線はいかしたつもりだ」 Q : ところで、改めてうかがいたいのですが、監督にとって映画とはなんでしょうか。 「私の人生といえるかな。私にとって、映画は生命力、生きていく糧だといえる。それだ け大事なものだから、テーマも十分に時間をかけて準備し、撮影の時には、映画以外のあ らゆることを我慢して、強い信念を持って映画を作っている」
イザベル・アジャーニ、ジェラール・ドパルデュー『カミーユ・クローデル』以来の再共演、ジャン=ポール・ラプノーが監督とあっては見逃す訳に行かない映画である。 舞台は1940年のフランス。 実際パリからの疎開に使われたボルドーにあるホテルでの撮影とのことだ。 内容の濃い映画で導入部分からサスペンス、ラブロマン、政治、戦争、科学者、スパイ、青春ドラマetcと映画が何篇も制作できるだけの題材を包括している。 ユーモアを所々に取り入れ、重くなりすぎず絶妙だ。 キャスティングについては、イザベル・アジャーニの年齢を超越する魅力に圧倒された。華やかで、コケティッシュ、しかも動作が速やかである。美しく装った貴婦人や紳士が犇めき合ってざわざわとしているところに登場してあれだけ華やかな魅力を放つ女優はそういないだろう。周囲を翻弄するところなど、役柄と本人のキャラクターが重なるところも多そうだ。 ボー・フォール役のジェラール・ドパルデューの大臣らしい貫禄はさすがだった。 オジェ役のグレゴリ・デランジェールは、初めはおっちょこちょいで頼りないが、頼もしく成長してゆく。誠実なキャラクターが合っていた。 ラウル役のイヴァン・アタルがいい味を出していた。牢屋に入っていたごろつきだが、機転が利き、勇気があり、人情味がある熱いキャラクター。強行突破を試みるシーンが幾度かあり、侠気(おとこぎ)を見せてくれる。 カミーユ役のヴィルジニー・ルドワイヤンはイザベル・アジャーニの指名でキャスティングされたとのこと。 正義感が強い女学生で重水(爆弾の材料)を敵国から守るという使命感に燃え、国のために尽力する。ラストに近い海辺のシーンでは、切なさが込み上げホロリとさせられる。 この映画には様々な決断のシーンが出てくる。 ラストは納得のゆくものであった。
>> 「ボン・ヴォヤージュ」 メゾンモエ特別試写会 LiLiCo×フローラン・ダバディ トークショー
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