ベルリン、僕らの革命 (THE EDUKATORS)

■監督 ハンス・ワインガルトナー

■出演 ダニエル・ブリュール(「グッバイ、レーニン!」)
ジュリア・ジェンチ、シュティープ・エアツェクポール・グリーングラス


ストーリー

物静かなヤン、行動派のピーター、そしてユール。
今の社会、政治に怒りを抱えた20代の若者の抵抗と愛の物語。
それは暴力的な抵抗ではなく、クリエイティブで非暴力的な" 反逆"。
彼らは、裕福な者や権力者が優遇される不公平な社会に対して
復讐を行っていくが、予想もつかない出来事が起こり・・・。

 

HUITレビュー

この映画を観ながら感じたのは、憤りを感じる部分が至る所にあるということ。このように感情を刺激される映画も珍しいのではないのだろうか。

自分の立場によって、誰の行動、考えに憤りを感じるかというのが、人によってかなり異なっているだろう。 置かれている立場や環境によって、誰に共感をおぼえ、誰を嫌悪するのかが、全く逆の可能性もあると想像でき、興味深い。

セキュリティシステムや犯罪捜査などに疑問点もあり、腑に落ちない設定もあるが、メッセージを発信するという意味では成功しているのだろう。 この映画を観て、人生について考えを巡らせない人はいないだろうと思われるからだ。

若い世代にとっても、人生を生き抜いてきた世代にとっても、今までの行き方やこれからの生き方を再確認しないではいられないだろう。 今後どのような価値観が世の中を支配していくのか、社会のあり方に対しても考えさせられる作品となっている。

記者会見場のダニエル・ブリュールは素直で誠実そうな雰囲気で、ヤンのような頑ななタイプではない。 けれども映画の中では根っからヤンのような性格のように自然に演じている。

ピーター役のスタイプ・エルツェッグはルックスも良く、キャラクターがぴったりとマッチしていた。ジュリア・ジェンチが扮するユールはどことなくいい加減な部分を持っているキャラクター。彼女も自然に演じていた。

最後に、音楽(ジェフ・バックリー)が軽快で良い感じに仕上がっていた。

 

来日記者会見

ダニエル・ブリュール、ハンス・ワインガルトナー監督 !

2005年1月19日、スペースFS汐留の舞台にハンス・ワインガルトナー監督と、主演のダニエル・ブリュールが登壇し記者会見を行いました。 「グッバイ、レーニン ! 」で話題になった主演のダニエル・ブリュールは初来日です。
花束贈呈には、ドイツ人と日本人のハーフでFM放送のDJとして活躍中のトムセン陽子さん。 試写会後の記者会見ではディティールについてたくさんの質問が寄せられ、大変活発な記者会見となりました。

【舞台挨拶】

ハンス・ワインガルトナー監督
皆様、こんにちは。今回この映画を日本で紹介できてとてもうれしく思っております。私にとりまして2本目の長編映画となります。ご覧いただいた映画ですが、オーストリアでは7週間ずっと公開されておりましてありがたいことに良い成績をおさめております。すでに街のあちこちでこの映画に出てくるようなグラフィティーがちらほら出ているというようなことも聞いております。

ダニエル・ブリュール
こんにちは。私も今回やっと日本に来ることができとてもうれしく思っております。本来ならば、『グッバイ、レーニン!』の時に来日するはずだったんですが残念ながら来ることができませんでした。今回ちゃんと来日することができて、とてもうれしく思っております。残念ながら、ほとんど東京とか日本のものを見ることができなかったのですが、秋にまた私の作品が日本で公開されるということですので、もしかしたらその時にまた来ることができるかもしれません。

監督 : 今回私がダニエルを起用したのは実は2回目でして、私が初めてとった長編映画「ホワイトノイズ」という映画にダニエルを起用しまして、この映画自体非常にたくさんの賞を受賞しております。ダニエルが受賞した賞が"ドイツ映画賞"という賞でしてドイツのオスカーと言われている賞です。この作品の後にこの"ホワイトノイズ"が日本で公開されればいいなと思っております。

【質疑応答】
※質問の回答にはネタバレが含まれていますので、映画鑑賞の後にお読みください。

Q:監督へお聞きします。どのようなメッセージを込めてこの映画をお作りになったのですか?

監督 : 実は具体的なメッセージというのはありませんが、若い人達というのは通常社会を変革していきたいとそういうことを考えているはずなんですけれども、今現在、そういった変革への熱意というものが若い人の間で埋もれていると思うのです。そういったことをこの映画によって揺り動かしたいと思ったので、この映画を見た人から"これではいけないんだ、今のままではいけないんだ"といったようなことに気がついてもらいたかった。つまり、そういったエネルギーがまた社会にあふれ出れば、そういった願いを込めてこの映画を作りました。
あとメッセージがあるとすれば、二股をかけている女性に対して"必ずしも一人にしぼる必要はないんだよ"、といったメッセージも入っております。

Q:映画を拝見しました。とても若者の情熱など力強く描かれているよい映画だと思いました。今、日本では去年の秋頃からチェ・ゲバラのブームが再燃したりとか、思想的には革命ムードというのはあるのですが、実際に行動を起こすという人はほとんどいません。実際ドイツではどうなのでしょうか?若い人達の間で具体的なムーブメントや動きというものはあるのでしょうか、お聞かせ下さい。
※この質問の回答にはラストシーンの説明がありますので、映画鑑賞後にお読みください。

監督 : 今ちょうど若者が行動を起こしている段階にあると思います。例えば、具体的な行動を起こさなくても消費一辺倒の生活に対してとても批判的な考えや見方になってきていると思います。実際ドイツのバンドで消費一辺倒の生活を批判する曲を書いて成功しているバンドもありますし、社会そのものに対して、体制そのものに対してとても批判的な見方が出てきていると思います。
 私自信は非常に楽観主義なので若者たちがエスタブリッシュメントっていうものが、実はもうすでに顔を失っていて"これがエスタブリッシュメントなんだ。これが体制だ"っというのがないものですから、うまく隠されている状況に気がつくまでに何年か時間がかかったのではないかと思っています。
今後、それに気が付いてこれから行動を起こしはじめるのではないかと期待しています。映画の中でも主人公3人が、最後ハーデンベルクがやっぱり自分達を裏切って警官に通報することを事前に見越して行動しています。映画の中にも現代の若者の行動というものを取り込んだつもりです。
 私の開催しているWebサイトの中にはリンクが張ってありまして、そこには大富豪の住所の一覧表が回されているということです。

Q:ダニエルさんは現在の若者についてどう思いますか?

ダニエル : 私自信は監督ほど楽観的な見方はしていないのですが、社会を変えていかなくてはいけないと思っている人はたくさんいると思います。そういう考え方をとりはじめた人というのがちょうど私と同世代くらいの人が多いのですが、その世代の後の人達を見てみるとやはりマスメディアとインターネットによって目がくらんでいる状況というのでしょうか、その気づくまでの状況にいっていないと思います。
 私が住んでいるベルリンの家の隣にはインターネットカフェがあるのですが、そこに13歳とか14歳くらいの子供が朝から晩までずっと、24時間営業のインターネットカフェなので本当にずっとパソコンの前にしか座っていないのです。そしたら監督が「もしかしたら俺たちの掲示版で大富豪の住所を見ているのかも知れない」なんて言っていたんだけれど、私自信は現実の世界でいえば、ヤンが行ったような行動、それを実際にとるエネルギーが若い世代の中にあるかっていうとちょっとないような気がします。だから私が演じたのはむしろあの世代のヒーローというような気がします。

Q:こういう映画は都会などビルが林立したところや非常に狭いところ極限されたところで起こることが多いと思うのですが、この映画は後半、非常に美しい大自然の中で展開されるのがとてもユニークだと思いました。こういった大きな自然と人間との対比のなかで自然が人間の心にあたえる影響などを考えて設定されたのでしょうか?
 ダニエルさんは、この映画の中で苦心したシーン、やりにくかったこと、演技の上で苦労されたことなどあったら教えて下さい。 

監督 : そのつもりで山のシーンを撮りました。人というのはやはり自然におおきな影響を受けると思っています。そうでなければ、映画の中でああいった山のシーンを入れたりしなかたと思います。ベルリンからチロルまで1000キロもあります。理論的に考えて誘拐した人を車にのせて1000キロも離れたところへ走るというのはおかしいわけです。ただし山にいってみると日常の日頃の問題がいかに小さなことであったかということに気づくわけです。少し高いところから自分の日常を振り返るということです。
 映画の後半で前半に起こした事柄、これを全て反省するわけです。倫理上自分のしたことはよかったのか、道徳上自分のしたことは正しかったのか、というのを考えるわけです。その余地を与えるために、この山のシーンを入れたのです。
 私自信、チロル出身ですので山に囲まれて育ちまして山にいると自分自身の人生について考えを巡らせたりと、余裕がでてくるのです。そういった意味合いも込めて山のシーンを入れました。

ダニエル : 私にとって一番難しかったのはと言いかけたら、監督に「お茶の子さいさいだっただろ」って言われたのですが、難しかったのは後半の山のシーンです。ストーリー展開の中でいろんな要素が一番詰まってくるところなので、例えばユールと恋愛関係にある恋する男の要素も入れなければいけない、その一方でユールと恋をすると自分の親友を裏切ってしまう。親友を裏切る男の役も演じなくてはいけない。それからハーデンベルクを誘拐してしまったので今後どうなるのだろうとか、こんなだいそれたことをしてしまってどうしようとか、にっちもさっちもいかなくてどうしようとか、それらの恐怖心を抱いているという、恋する男でもあり、裏切る男でもあり、恐怖に怯える男でもあり、最終的には芝で泣き出してしまうというところに自然にもっていかなければならなかったというのが一番難しかったです。

Q:医学系の雑誌社にいる者ですが、監督は神経学を学んでおられたようですが、そういった素養が映画を作ることやこの作品を作るにあたって活かされたり反映されたりといったことはあるのでしょうか?

監督 : もちろんすごく役にたっていると思います。それは分析的な思考をするという癖が身についたということがとても大きなことだと思います。やはり、映画をつくるということは深くまで掘り下げる作業ですので、ややもするとこんがらがってしまって、にっちもさっちもいかなくなってしまうという状況になってしまうので、そういうことをしなくて済むということに役だっていると思います。

※この質問はネタバレを含みます。
Q:3人の若者の年齢と学歴、ダニエルには3人の関係図、ユールと結ばれたとするといつなのか、ピーターとはそれはあったのか?
 また、最後の結果を見るとやはり殺しておいた方がよかったのではないかと思うのですが。

監督 : 映画の中では革命を起こさなければならない理由を長々と述べる必要はなかったと思っているので本来は3人のプロフィールがきちんと決まっていて撮影はしたのですが、この映画には必要ないと思い削除しました。むしろこの映画は革命の起こし方をどうしたらいいかということを描きたかったので削除したのですが、ヤンが26歳、企業の社員食堂のコックをしています。育った環境は非常に貧しくて児童施設で育ちました。ユールは24歳、ピーターは27歳。ピーターは労働者階級の息子で、ピーターとヤンは子供の頃からの知り合いとなっております。ピーターの職業は家具の梱包をしていて、時々DJもしているという設定になっています。

ダニエル : ヤンはどちらかっていうと一匹狼で、唯一の無二と呼べる親友がピーターでそれ以外はあまり友達をつくらない、どちらかっていうととっつきにくいタイプではないかなという感じで役づくりをしました。女性関係は、ユールがはじめて本格的な恋愛関係という感覚で、童貞である必要はないかもしれませんが、過去の体験においてあまりよい体験がなかった、というような感じで演じました。
 実際ユールとはじめてベットに入るというシーンも撮影したのですが、なんだか70年代バイエルン州でつくられたエロティックムービーのようでちっともよくなかったので削除しました。最後に1つのベットで寝ているシーンですが、ヤンとピーターの関係ですがホモセクシャルなどの関係は全くないと考えています。

Q:さきほど若者の熱気が失せているとおっしゃいましたが、ベルリンの壁の崩壊以降、あのあたりから国全体の表面的な情熱が失せているということですか?
 人によって見方が違うのだなと思いますが、私は学生運動の体験者なもので3人にはラストカットに至るまでとても批判的に見ていました。むしろ大富豪の、狡さやしたたかさなどに非常に共感を持ったのですが、監督自身は中間の世代なので、彼に寄せる思いはあったのでしょうか?
 ラストの車の逃走時や、エンディングにも「ハレルヤ」をBGMとして流していますが、それに込めた思いは?
 それから一番最後にずっとパラボラアンテナを流していますが、それには意図したものが込められているのでしょうか?
※この質問の回答はラストシーンの説明等がありますので、映画鑑賞後にお読みください。

監督 : 若者達の情熱が失せてきたというのはベルリンの壁の崩壊とはあまり関係がないように思います。むしろ先進工業国においては徐々に全世界的に若者が政治にあまり意欲を示さないという時代を得てきていますので、おそらくそういった理由なのではないのだろうかと思っています。
 ドイツだけの引用をあえて探そうとすれば70年代の極左の活動が警察官によって非常に厳しく抑圧された経験から、左であることに対して若者の間に恐怖心みたいなものがあるのかもしれません。 

 ハーデンベルクに対してどうゆうスタンスをとっているかということなんですけれども、自分は映画監督としてはそれぞれの役柄に対して中立的な立場でいようと心がけています。最後にハーデンベルクが警察に通報したということに対して、通報したからあいつはけしからん奴だというわけではなくてそういう人が実際本当にいたとしたならば、そういう人は非常に弱い人なんだと思っています。人間というのは性悪説、性善説とかではなくて、むしろ環境の産物であると思っていますので、ハーデンベルクは自分の世界観から抜け出す強さを持ち合わせていなかった人物ということになるわけです。観客として観た時にはどちらに共感を覚えるのかということになると、当然若い3人に共感を覚えるということになるわけです。

 ハレルヤですけれども、あのシーンの心情を強調する意味をもって使いました。ハレルヤというと「壊れたハレルヤ」なわけですけれども、つまり一方で悲しい、例えば別れなど悲しいけれども別れがあるとまた新しい出会いがある。悲しいのだけれどもなんとなく素敵だ、といった雰囲気を強調するつもりで使いました。
 ハレルヤについてですけれども、あまりうまく言葉で説明できないのですが、映画のいいところは全部言葉で説明しなくてもいいところだと思っているのでそのへんは是非感じとってください。


 山小屋の中でヤンがヨーロッパの衛生中継基地を攻撃するとヨーロッパ中のテレビが消えてしまう、とう計画の話をしていましたよね。逃走生活が終わったあとはここに行って破壊工作をする、いうことを暗示しています。そういったシーンに気がついてくれたことに感激しております。ひょっとして通の人しか気が付かないかと思ったのですがとてもうれしいです。

Q:ヤンと自分はちょっと性格が違う、自分は行動しないとゆうふうにおっしゃっていましたが、ヤンという役を通して、また実際この作品に出てみて何か新たに感じたことはありますか?

ダニエル : 実は、あの映画の役をやってみて違う世代で起きたことを勉強できた、ということがよかったことだと思っています。自分達の、私達の世代にとって68年のドイツの革命の時代、あるいはドイツ赤軍というのは、実はもう遠い過去の世代のことで今ではまったく、少なくとも私の世代の仲間の中にとって、意識のなかで反映されていない、何も痕跡を残していない、そういう出来事なのです。自分自身についてはいつも社会情勢について敏感でなければいけないということで、ニュースを見たり新聞を読んだりとかはしています。また監督から68年とかドイツ赤軍とかの本をもらっていろいろ勉強したりとか、ハーデンベルクの役をやったブルクハルト・クラウスナーは、彼は映画の役の中だけではなく実際に68年の学生運動に加わっていた人物なのでその彼から撮影中にいろんな話を聞けたりしてとても勉強になりました。また非常におもしろいなと思ったのは、私の父なんですけれども68年世代よりもう少し上の世代なんですが、父も革命の映画を撮っていますが、学生運動の映画は撮っていなかったということで、世代が違うとこれだけ違いが出るのだなと勉強できましてとても参考になりました。

 


『ベルリン、僕らの革命』
2005年春、Bunkamuraル・シネマをはじめ全国順次ロードショー !

配給:キネティック、コムストック
提供:カルチュアパブリッシャーズ、コムストック、キネティック


>> オフィシャルサイト



↑go to PAGE TOP 

サーチエンジン [MORE] [NEW WINDOW]