マザー・テレサ (MOTHER TERESA)

■監督 : ファブリッツィオ・コスタ

■出演 : セバスティアーノ・ソマ、ラウラ・モランテ、ミハエル・メンドル、イングリッド・ルビオ、エミリー・ハミルトン


イントロダクション

「私は最も貧しい人々のそばにいたい」。白に青い線の入った簡素なサリーに身を包んだ彼女は、ただその思いだけを胸に、波乱に富む87年の生涯を生き抜いた。彼女の名は、マザー・テレサ。小さな身体に秘めた鋼のように強い意志と、海のように深い愛の力で、不可能を可能にする数々の奇跡を成し遂げた女性。その真実の物語が、いま、スクリーンで新たな感動を呼び起こす。

 マザー・テレサを演じるのは、フランコ・ゼフィレッリ監督の名作『ロミオとジュリエット』のジュリエット役で世界中の映画ファンを虜にし、「映画史上、最も若く美しいジュリエット」と謳われた伝説のスター、オリビア・ハッセー。あれから35年、清楚な美しさはそのままに、大女優の風格を増した彼女は、36歳から87歳までのマザー・テレサを渾身の力で演じきり、見る者の胸を熱い感動の涙で満たす。

 そこに描かれるのは、ひたむきに、頑固に、ときには命懸けで、自分自身の信じる道を歩み続けた一人の女性<マザー・テレサ>の勇気ある姿だ。カルカッタの恵まれたカトリック・スクールで教鞭をとる生活を長年続けたのち、聖職剥奪の危機に直面しながら、修道院の外に飛び出していったマザー・テレサ。親を失った子供たち、ハンセン病患者、路上で死を待つだけの老人たち。その苦しみの中に神の姿を見出した彼女は、貧困にあえぎ、飢えにさいなまれる人々と共に暮らし、彼らの心に希望の灯をともす活動を始める。その行く手に立ちはだかるさまざまな困難。教会からの非難、地元住民の反発、役所の圧力、寄付金と養子縁組をめぐる疑惑。東欧からやって来たひとりの小さな女性が立ち向かうには、あまりにも高く、険しい現実の壁。しかし、自らが神の手に動かされていると信じるマザー・テレサは、ひとつひとつの問題に真正面から取り組み、忍耐と努力を重ねながら、熱い思いで世界を変えていく。「私たちの行いは大河の一滴にすぎない。でも、何もしなければ、その一滴も生まれない」。強固な信念を胸に、宗教の壁を越えた救済活動の開拓者の道を、まっすぐに突き進んだマザー・テレサ。彼女の50年におよぶ軌跡をみつめた本作は、単なる伝説の聖女ではなく、純粋な志を抱いてアグレッシブに道を切り開いていった一人の女性としてのマザー・テレサの生きざまを、鮮やかに浮かびあがらせていく。

 そんな力強さを湛えたドラマの中で、ひときわ輝きを放つ主演のオリビア・ハッセー。「彼女がいなければ、たとえ仮想の世界であっても、私たちの間に蘇ったマザー・テレサを表現することはできなかっただろう」と、監督のファブリッツィオ・コスタが認める大熱演を見せる彼女は、純粋で粘り強く、何事にもシンプルであることをモットーに生きたマザー・テレサの人間像を、パーフェクトに再現。化粧ともドレスとも無縁のマザー・テレサの内面から湧きたつ本物の美が、オーラとなって輝き出てくる演技で、私たちを圧倒する。

 そのオリビアを取り巻く共演陣には、『息子の部屋』のラウラ・モランテ、『ヒトラー 最期の12日間』のミハエル・メンドル、『オペラ座/血の喝采』のセバスティアーノ・ソマ、『タクシー』のイングリッド・ルビオ、『月下の恋』のエミリー・ハミルトンら、国際派のキャストが集結。マザー・テレサとの触れ合いを通じて、それぞれの人生に変化がもたらされていく過程を、味わい深く演じている。

 監督は、本国イタリアで数々のテレビ作品を手がけているファブリッツィオ・コスタ。今回、世界6カ国から集まった8000人のキャストと、総勢200人のスタッフを従えた彼は、コロンボ、ローマ、カルカッタ、トリエステ、ポルデノーネ、カプラローラでロケを敢行。堂々たるスケール感を醸しだしながら、ひとりの女性の重みある人生の物語を、見事に語り継いでいく。

 

キャスト&スタッフ

オリビア・ハッセー(マザー・テレサ)
 フランコ・ゼッフィレッリ監督の『ロミオとジュリエット』(68)で史上最年少のジュリエットを演じ、ゴールデン・グローブ賞に輝いたオリビア・ハッセー。気品に満ちた清楚な美しさで、映画史上の伝説を築いた彼女が、本作で挑んだのは、「この役を20年間待ち続けた」と語るマザー・テレサの役。50年におよぶ半生のドラマを渾身の力で演じきり、スクリーンに華麗なる復活を遂げた。

 1951年4月17日、アルゼンチンのブエノスアイレス生まれ。父はオペラ歌手のアンドレアス・オスナ。2歳のときに両親が離婚し、7歳で母の祖国イギリスへ移住。その後の5年間、イタリア・コンティ演劇学校などで演技を学び、ヴァネッサ・レッドグレープ共演の舞台「ミス・ブロディの青春」にも出演した。これがフランコ・ゼッフィレッリ監督の目にとまったことから、『ロミオとジュリエット』のオーディションに挑戦。500人の候補者の中から選ばれて、ジュリエット役を獲得。みずみずしい魅力で、日本をはじめとする世界中の映画ファンを虜にした。その後はロサンゼルスに移り、『サマータイム・キラー』(73)、『失われた地平線』(73)、『暗闇にベルが鳴る』(74)、『スクランブル』(76)、『ナザレのイエス』(77)、『ナイル殺人事件』(78)、『復活の日』(80)などに主演。私生活では、71年から78年まで、ディーン・マーティンの息子ディーン・ポール・マーティンと結婚生活を送ったことに加え、80年に布施明と結婚し(87年に離婚)、大きな話題を呼んだ。

 80・90年代は、マーティン、布施明、3番目の夫デヴィッド・アイズリーとの間に生まれた子どもたちの子育てを優先させながら、「アイバンホー」(82)、「コルシカの兄弟」(84)、「サイコ4」(90)、「IT/イット」(90)などのTVムービー中心に活躍。久々に演技派の本領を発揮する機会に恵まれた本作以降、英語、スペイン語、イタリア語を自在に操る国際派女優として、ますますの活躍が期待されている。その他の出演作は、『湖愁』(65)、『スローター・ゲーム』(81)、『歪んだ殺意』(87)、『聖戦』(90)、『セーブ・ミー/我慢できない女』(93)、『アイスクリームマン』(95)、『ガーデン』(99)など。新作に、ジュディ・ハチェット・デュモンテ監督の『Tortilla Heaven』(05)、アンドリュー・ヴァン・デン・ホーテン監督の『Headspace』(05)がある。

セバスティアーノ・ソマ(セラーノ神父)
 バチカンから派遣されてマザー・テレサに面接したあと、彼女の志に共鳴し、カルカッタにとどまって教団の仕事に尽力するセラーノ神父を演じる。
 1960年7月21日生まれ。80年代初期から映画に出演。ダリオ・アルジェント監督の『オペラ座/血の喝采』(87)などを経て、90年代はテレビの司会者として活躍。近年は、「Sospetti」(00)、「Senza confini」(01)、「Un Caso di coscienza」(03)といったTVシリーズ&ミニ・シリーズで活躍している。

ラウラ・モランテ(マザー・ドゥ・スナークル)
 マザー・テレサと衝突する保守的な修道院長を演じる。
 1956年8月21日、イタリアのサンタ・フィオーラ生まれ。80年にジュゼッペ・ベルトルッチ監督の『Oggetti smarriti』で映画デビュー。ベルナルド・ベルトルッチ監督の『ある愚か者の悲劇』(81)、ナンニ・モレッティ監督の『監督ミケーレの黄金の夢』(81)、『僕のビアンカ』(84)などで注目を集める。80年代の半ばからはフランスに移り、アラン・タネール監督の『幻の女』(87)、ジェゼ・ピネイロ監督の『厚化粧の女』(90)、ホアキム・レイタオ監督の『裏切りの情事』(91)などに出演。久々に本国イタリアでモレッティと組んだ『息子の部屋』(01)では、息子を亡くした母の悲しみをリアルに演じ、ドナテッロ賞の主演女優賞を受賞、ヨーロッパ映画賞にもノミネートされた。他の出演作に、『HOTEL/ホテル』(01)、『ダンス・オブ・テロリスト』(02)などがある。

ミハエル・メンドル(ヴァン・エクセム)
 修道会から院外活動を禁じられたマザー・テレサを支援。以降も、彼女のいちばんの味方であり続けたエクセム神父を演じる。
 1944年4月20日、ドイツ生まれ。ドイツ映画界で確固たる地位を築いたカリスマ的性格俳優のひとり。80年代半ばからテレビに出演し、シェリー・ホーマン監督の『Leise Schatten』で映画デビュー。数々のTV作品に出演するかたわら、ゾンケ・ヴォルトマン監督の『Kleine Haie』(92)、ヨゼフ・ヴィルスマイアー監督の『Schlafes Bruder』(95)などに出演。『トンネル』のローランド・ズソ・リヒター監督の『14 日』(98)では、ドイツ映画賞の助演男優賞候補となり、バヴァリアン映画賞の助演男優賞を受賞した。また、シベリアから故郷ドイツまで徒歩で帰り着いた脱走兵の実話を描く『9000マイルの約束』(01)では、ドクター・シュタウファーに扮して感動的な名助演を見せた。新作に、アカデミー外国語映画賞候補になった『ヒトラー 最期の12日間』(04)がある。

イングリッド・ルビオ(ヴァージニア/シスター・アグネス)
 マザー・テレサの教え子で、マザーを慕って最初にストリートの活動に加わるヴァージニア(のちのシスター・アグネス)を演じる。
 1975年8月2日、スペインのバルセロナ生まれ。カルロス・サウラ監督の『タクシー』(96)で、ヒロインのパスを演じ、映画デビュー。スペイン俳優組合の新人賞と、サンセバスチャン国際映画祭の特別賞を受賞した。以降、スペインを代表する演技派女優に成長。ペドロ・オレア監督の『Mas alla del jardin』(96)でゴヤ賞の新人賞、エデュアルド・ミニョーナ監督の『El Faro』(98)でモントリオール国際映画祭とアルゼンチン映画批評家協会賞の主演女優賞、エデュアルド・ボッシュ監督の『El Viaje de Arian』(00)でマラガ・スペイン映画祭の特別賞、ラモン・デ・エスパーナ監督の『Haz conmigo lo que quieras』(01)でペニスコーラ・コメディ映画祭の主演女優賞を受賞するなど、めざましい活躍を見せている。

エミリー・ハミルトン(アンナ)
 マザー・テレサの教団でボランティアとして働くことを望みながら、硬化症に冒され、イギリスへ帰国することを余儀なくされるアンナを演じる。
 映画デビューは、ルイス・ギルバート監督の『月下の恋』(95)。「The Grand」(97)、「City Central」(98)などのTVシリーズを経て、チャンネル5のTVシリーズ「Headless」(00)の主演で人気を博した。その他、「アンデルセン 〜夢と冒険の物語〜」(01)などのTVムービーでも活躍している。

ファブリッツィオ・コスタ(監督)
 89年の「E proibito ballare」を皮切りに、これまでイタリアで20本近いTVムービー、TVシリーズ、ミニ・シリーズの演出を手がけている。代表作に、「トリスタンとイゾルデ」の伝説を元にした歴史ファンタジー「Il Cuore e la spada」(98)、聖母マリアの人間的な側面に焦点を当てた「Maria, figlia del suo figlio」(00)、セバスティアーノ・ソンマが主演した戦争ドラマ「Senza confini」(01)などがある。

 

ストーリー

 1946年、インドのカルカッタ。カトリックの女子校で教鞭をとっていたマザー・テレサ(オリビア・ハッセー)は、イスラム教徒とヒンズー教徒の抗争に巻き込まれて負傷した者を校内に入れて手当したことから、修道院長(ラウラ・モランテ)と対立。ダージリンへの転任命令を受ける。その途上で、行き倒れになった男と出会い、「私は渇く」彼の言葉の中に神の声を見出すマザー・テレサ。命令に背いてカルカッタに舞い戻った彼女は、「私の居場所は修道院の中ではありません。最も貧しい人々のところです」と言って、修道会に院外活動の許可を求める。得られた回答は、「院外活動をしたいなら一市民に戻れ」というものだったが、マザー・テレサの熱意を汲んだエクセム神父(ミハエル・メンドル)の口添えによって、決定はバチカンの手にゆだねられることになった。「これが神の望みであれば、必ず実現する」。そう信じるマザー・テレサは、パトナで医療と薬学の実地訓練を受けながら、バチカンからの返事をじっと待ち続けた。

 やがてバチカンから送られてきたのは、院外活動の許可を伝える手紙だった。晴れて町へ出ることを許されたマザー・テレサは、新しい修道服である白い木綿のサリーに身を包み、貧困にあえぐ人々が住むストリートでの活動を開始した。子供たちに配る食糧を手に入れるため、市場で物乞い同然のことをするマザー・テレサの姿に、眉をひそめる修道院長。しかし、いっぽうには、マザー・テレサの活動を応援する者たちもいた。ヴァージニア(イングリッド・ルビオ)をはじめとするかつての教え子たちだ。彼女たちボランティアの手を借りながら、マザー・テレサは、病人や孤児の世話をするための施設をコツコツと作り上げていく。

 4年後。修道会に属しながらの活動に限界を感じたマザー・テレサは、新しい教団<神の愛の宣教者会>を作りたいと、エクセム神父に申し出る。それに応じてバチカンからやって来たのが、セラーノ神父(セバスティアーノ・ソンマ)だった。カルカッタに到着した彼は、さっそくマザー・テレサに会おうとするが、当のマザー・テレサの前には、すぐに解決しなければならない難問が山積みの状態だった。寺院を改装して開設した<死を待つ者の家>に対する地元住民の猛抗議。孤児院の違法性を主張し、閉鎖を求める役所の命令。そのひとつひとつに、誠意と情熱で立ち向かっていくマザー・テレサ。しかし、それを知らないセラーノ神父は、なかなか自分に会おうとしない彼女を尊大な人間だと思いこみ、バチカンに否定的な報告を送ろうとする。が、実際、彼の前に現れたマザー・テレサは、尊大さのかけらもない人物だった。「私は、神が手に持つペンにすぎないのです」と語るマザー・テレサの無私無欲な姿勢に、深い感銘を受けるセラーノ神父。彼は、<神の愛の宣教者会>の設立を後押ししたばかりでなく、自らもカルカッタにとどまり、マザー・テレサのかたわらで同じ道を歩もうと決意する。

 1965年。教団の活動がますます活発になっていくなかで、マザー・テレサは、カルカッタのティタガールに、ハンセン病患者のための<平和の村>を建設する計画に着手する。これに対しては、「マザーのせいで、カルカッタに不幸と貧困のレッテルが貼られてしまった」と、インド国内から多くの批判の声があがったが、それが大々的にニュースとして報じられたことにより、世界各国から多くの寄付金が寄せられるようになった。「神が望めば資金は集まる。神が望まなければあきらめる」と、いつものように粘り強く、精力的に、資金の調達と計画の推進に走り回るマザー・テレサ。書類の不備によって建設計画が頓挫しかけたとき、彼女はバチカンに乗り込み、教皇に直談判することもした。その努力が実り、村の建設はようやく再開にこぎ着けたものの、完成までの道のりには予想外の困難がつきまとった。まず、マザー・テレサ本人が狭心症の発作に見舞われたのに続き、イギリスからやって来た献身的なボランティアのアンナ(エミリー・ハミルトン)が、硬化症に冒されて帰国しなければならない事態が発生する。さらに、村の建設に多額の献金をした人物が、ダーティ・マネーを提供したことが発覚。詐欺事件に巻き込まれたマザー・テレサは、たちまちスキャンダルの渦中の人となる。

 その事件に追い打ちをかけるように、孤児院の養子縁組をめぐるスキャンダルも持ち上がった。リヨンの里親に引き取られた少年の名前と顔写真が一致しなかったことから、マザー・テレサに人身売買の疑惑がかけられたのだ。警察の取り調べが進むなか、真実の追求に乗り出したマザー・テレサは、イギリスのアンナに電話で助けを求めた。「あなたの祈りで天国を揺さぶって」。やがてその祈りは通じ、書類の偽造は、教団の元スタッフの善意によるものであったことが判明した。警察で涙を流しながら事情を説明するその女性を、マザー・テレサは、黙って優しく抱きしめた。
 さらに15年の歳月が流れた。いまや教団の活動は世界規模に広がり、国際的に名前が知られるようになったマザー・テレサには、ノーベル平和賞が授与されることになった。受賞パーティの贅沢なメニューを聞いて、目を丸くするマザー・テレサ。どれほどの栄誉を受けようとも、彼女の心は、市場で孤児たちの食糧を集めていたときと同じように、つねに最も貧しい者たちと共にあった。

 しかし、そんなマザー・テレサも、肉体だけは、昔と同じというわけにはいかなかった。心臓発作に倒れた彼女が手術を受けることになったとき、回復を誰よりも強く願っていたエクセム神父は、「私の命を差し出します」と、神に祈り続けた。その祈りが聞き届けられたかのように、エクセム神父は、マザー・テレサの退院と引き替えにこの世を去った。それを知ったマザー・テレサは、人生最大の恩人であり、最強の味方でもあった神父の死を、心から悼んだ。

 そして1997年。マザー・テレサも、ついに天に召される日がやって来る。しかし、たとえ命の灯は潰えても、彼女の魂は、確実にこの世界に残った。教団で苦労を共にしてきたシスターたち、イギリスで祈りの生活を続けるアンナ、弱者に救いの手をさしのべる医師、そして、教団の組織化を嫌ったマザー・テレサの遺志を受け継いだセラーノ神父の中に──。自分自身は何ひとつ望まず、人に与えることに全生涯を捧げたマザー・テレサの存在は、いまも人々の心に生き続けている。

来日記者会見

2005年6月20日、都内ホテル 映画『マザー・テレサ』 主演女優オリビア・ハッセー来日記者会見

Q : 映画に出演された感想はいかがですか?

マザー・テレサに感銘を受け、ドキュメンタリーも見ていますし、関連書籍は全部読んでいました。ある日突然イタリアから電話があり、是非にと監督からオファーをいただいたときは、神からの贈り物のような気持ちでした。ただスケジュールは大変厳しく、物理的には一週間半でしたが気持ちの上では20年間準備し続けた役でした。

Q : 20年来の夢とおっしゃいましたが役作りにプレッシャーは無かったのでしょうか?

特殊メイクでは鼻などもつけているんですが、体型としてはあまり似ていませんので、きっちりと体験するということで役作りをしていきました。バチカンでたくさんのシスターとも会いました。
 マザーの雰囲気、強さ、慈悲の心を演技したいと思いました。シスターたちが「マザーを見ているようでした」とおっしゃってくださったのは、とてもうれしいことでした。
 毎日毎日、人は忙しく立ち働いていますが、他の人のことを毎日1分でも構わないから良い行いや良い気持ちになるだけで、世の中が良い場所に変わっていくのではないかと思いました。シスターに会ってそういう気持ちが強くなり、一番大切なのは愛だという気持ちになりました。なによりも大切なのは愛です。

Q : オリビア自身はカトリックなのでしょうか?

両親はカトリックで私も子どもの頃から教会に行っていましたが、今はすべての宗教に敬意を払っています。キリスト教に限らず、宗教は自分の中の内なる神にたどり着く旅だと思っています。

Q : ローマ法王に祝福を受けたときの状況を聞かせてください。

面白い体験でした。ヨハネ・パウロ二世が書いた映画に出演したことがありました。それは公開されなかったのですが、ヨハネ・パウロ二世には親近感がありまして、映画を楽しみにしていてくださいと手紙を書きました。そして面会して祝福を受けることになりました。イギリスの女王にも会いましたし、美智子皇后陛下にも会うことができました。私は大変幸せです。

Q : 撮影中のハプニングやエピソードはありましたか?

とても暑い中での撮影でしたので肉体的にきつく、順繰りに体調を崩していきました。そのなかで自分だけはお休みがなかったんです。というのは汗をかくと、メイクでつけた鼻がずるっと落ちてしまうので、その度に横になって一時間くらいメイクをやり直してもらっていたからです。耳鼻のどに炎症を起こしたこともあったのですが、私には抗生物質もあるし、ドクターが二人もいる。マザー・テレサは…、それを思えばこれくらいと自分を鼓舞しながら演じました。

マザーが望んでいたとおりの作品だと思います。ハリウッドの有名な役者さんが出ているわけではなく、小さくてスウィートでシンプルなメッセージを持った作品です。
私にとって最高の経験となりました。

(記者会見 PHOTO&TEXT BY HUIT)

 

 


『マザー・テレサ』
2005年夏 日比谷シャンテシネにて全国順次ロードショー


配給:東芝エンタテインメント

アスミック・エース

>> 『マザー・テレサ』オフィシャルサイト

 

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MUSIC 「Clyde Willams.Jr」

 

 

 



 

オリビア・ハッセー来日記者会見




↑映画『復活の日』で共演した草刈正雄が駆けつけ花束を贈呈した。草刈は 当時の撮影で自分が3・40回のNGテイク 出したときでも、彼女はやさしく見守ってくれたということで「彼女こそマザー・テレサのような女性です」と語った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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