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オリビア・ハッセー(マザー・テレサ) 1951年4月17日、アルゼンチンのブエノスアイレス生まれ。父はオペラ歌手のアンドレアス・オスナ。2歳のときに両親が離婚し、7歳で母の祖国イギリスへ移住。その後の5年間、イタリア・コンティ演劇学校などで演技を学び、ヴァネッサ・レッドグレープ共演の舞台「ミス・ブロディの青春」にも出演した。これがフランコ・ゼッフィレッリ監督の目にとまったことから、『ロミオとジュリエット』のオーディションに挑戦。500人の候補者の中から選ばれて、ジュリエット役を獲得。みずみずしい魅力で、日本をはじめとする世界中の映画ファンを虜にした。その後はロサンゼルスに移り、『サマータイム・キラー』(73)、『失われた地平線』(73)、『暗闇にベルが鳴る』(74)、『スクランブル』(76)、『ナザレのイエス』(77)、『ナイル殺人事件』(78)、『復活の日』(80)などに主演。私生活では、71年から78年まで、ディーン・マーティンの息子ディーン・ポール・マーティンと結婚生活を送ったことに加え、80年に布施明と結婚し(87年に離婚)、大きな話題を呼んだ。 80・90年代は、マーティン、布施明、3番目の夫デヴィッド・アイズリーとの間に生まれた子どもたちの子育てを優先させながら、「アイバンホー」(82)、「コルシカの兄弟」(84)、「サイコ4」(90)、「IT/イット」(90)などのTVムービー中心に活躍。久々に演技派の本領を発揮する機会に恵まれた本作以降、英語、スペイン語、イタリア語を自在に操る国際派女優として、ますますの活躍が期待されている。その他の出演作は、『湖愁』(65)、『スローター・ゲーム』(81)、『歪んだ殺意』(87)、『聖戦』(90)、『セーブ・ミー/我慢できない女』(93)、『アイスクリームマン』(95)、『ガーデン』(99)など。新作に、ジュディ・ハチェット・デュモンテ監督の『Tortilla Heaven』(05)、アンドリュー・ヴァン・デン・ホーテン監督の『Headspace』(05)がある。 セバスティアーノ・ソマ(セラーノ神父) ラウラ・モランテ(マザー・ドゥ・スナークル) ミハエル・メンドル(ヴァン・エクセム) イングリッド・ルビオ(ヴァージニア/シスター・アグネス) エミリー・ハミルトン(アンナ) ファブリッツィオ・コスタ(監督)
1946年、インドのカルカッタ。カトリックの女子校で教鞭をとっていたマザー・テレサ(オリビア・ハッセー)は、イスラム教徒とヒンズー教徒の抗争に巻き込まれて負傷した者を校内に入れて手当したことから、修道院長(ラウラ・モランテ)と対立。ダージリンへの転任命令を受ける。その途上で、行き倒れになった男と出会い、「私は渇く」彼の言葉の中に神の声を見出すマザー・テレサ。命令に背いてカルカッタに舞い戻った彼女は、「私の居場所は修道院の中ではありません。最も貧しい人々のところです」と言って、修道会に院外活動の許可を求める。得られた回答は、「院外活動をしたいなら一市民に戻れ」というものだったが、マザー・テレサの熱意を汲んだエクセム神父(ミハエル・メンドル)の口添えによって、決定はバチカンの手にゆだねられることになった。「これが神の望みであれば、必ず実現する」。そう信じるマザー・テレサは、パトナで医療と薬学の実地訓練を受けながら、バチカンからの返事をじっと待ち続けた。 やがてバチカンから送られてきたのは、院外活動の許可を伝える手紙だった。晴れて町へ出ることを許されたマザー・テレサは、新しい修道服である白い木綿のサリーに身を包み、貧困にあえぐ人々が住むストリートでの活動を開始した。子供たちに配る食糧を手に入れるため、市場で物乞い同然のことをするマザー・テレサの姿に、眉をひそめる修道院長。しかし、いっぽうには、マザー・テレサの活動を応援する者たちもいた。ヴァージニア(イングリッド・ルビオ)をはじめとするかつての教え子たちだ。彼女たちボランティアの手を借りながら、マザー・テレサは、病人や孤児の世話をするための施設をコツコツと作り上げていく。 4年後。修道会に属しながらの活動に限界を感じたマザー・テレサは、新しい教団<神の愛の宣教者会>を作りたいと、エクセム神父に申し出る。それに応じてバチカンからやって来たのが、セラーノ神父(セバスティアーノ・ソンマ)だった。カルカッタに到着した彼は、さっそくマザー・テレサに会おうとするが、当のマザー・テレサの前には、すぐに解決しなければならない難問が山積みの状態だった。寺院を改装して開設した<死を待つ者の家>に対する地元住民の猛抗議。孤児院の違法性を主張し、閉鎖を求める役所の命令。そのひとつひとつに、誠意と情熱で立ち向かっていくマザー・テレサ。しかし、それを知らないセラーノ神父は、なかなか自分に会おうとしない彼女を尊大な人間だと思いこみ、バチカンに否定的な報告を送ろうとする。が、実際、彼の前に現れたマザー・テレサは、尊大さのかけらもない人物だった。「私は、神が手に持つペンにすぎないのです」と語るマザー・テレサの無私無欲な姿勢に、深い感銘を受けるセラーノ神父。彼は、<神の愛の宣教者会>の設立を後押ししたばかりでなく、自らもカルカッタにとどまり、マザー・テレサのかたわらで同じ道を歩もうと決意する。 1965年。教団の活動がますます活発になっていくなかで、マザー・テレサは、カルカッタのティタガールに、ハンセン病患者のための<平和の村>を建設する計画に着手する。これに対しては、「マザーのせいで、カルカッタに不幸と貧困のレッテルが貼られてしまった」と、インド国内から多くの批判の声があがったが、それが大々的にニュースとして報じられたことにより、世界各国から多くの寄付金が寄せられるようになった。「神が望めば資金は集まる。神が望まなければあきらめる」と、いつものように粘り強く、精力的に、資金の調達と計画の推進に走り回るマザー・テレサ。書類の不備によって建設計画が頓挫しかけたとき、彼女はバチカンに乗り込み、教皇に直談判することもした。その努力が実り、村の建設はようやく再開にこぎ着けたものの、完成までの道のりには予想外の困難がつきまとった。まず、マザー・テレサ本人が狭心症の発作に見舞われたのに続き、イギリスからやって来た献身的なボランティアのアンナ(エミリー・ハミルトン)が、硬化症に冒されて帰国しなければならない事態が発生する。さらに、村の建設に多額の献金をした人物が、ダーティ・マネーを提供したことが発覚。詐欺事件に巻き込まれたマザー・テレサは、たちまちスキャンダルの渦中の人となる。 その事件に追い打ちをかけるように、孤児院の養子縁組をめぐるスキャンダルも持ち上がった。リヨンの里親に引き取られた少年の名前と顔写真が一致しなかったことから、マザー・テレサに人身売買の疑惑がかけられたのだ。警察の取り調べが進むなか、真実の追求に乗り出したマザー・テレサは、イギリスのアンナに電話で助けを求めた。「あなたの祈りで天国を揺さぶって」。やがてその祈りは通じ、書類の偽造は、教団の元スタッフの善意によるものであったことが判明した。警察で涙を流しながら事情を説明するその女性を、マザー・テレサは、黙って優しく抱きしめた。 しかし、そんなマザー・テレサも、肉体だけは、昔と同じというわけにはいかなかった。心臓発作に倒れた彼女が手術を受けることになったとき、回復を誰よりも強く願っていたエクセム神父は、「私の命を差し出します」と、神に祈り続けた。その祈りが聞き届けられたかのように、エクセム神父は、マザー・テレサの退院と引き替えにこの世を去った。それを知ったマザー・テレサは、人生最大の恩人であり、最強の味方でもあった神父の死を、心から悼んだ。 そして1997年。マザー・テレサも、ついに天に召される日がやって来る。しかし、たとえ命の灯は潰えても、彼女の魂は、確実にこの世界に残った。教団で苦労を共にしてきたシスターたち、イギリスで祈りの生活を続けるアンナ、弱者に救いの手をさしのべる医師、そして、教団の組織化を嫌ったマザー・テレサの遺志を受け継いだセラーノ神父の中に──。自分自身は何ひとつ望まず、人に与えることに全生涯を捧げたマザー・テレサの存在は、いまも人々の心に生き続けている。
2005年6月20日、都内ホテル 映画『マザー・テレサ』 主演女優オリビア・ハッセー来日記者会見 Q : 映画に出演された感想はいかがですか? マザー・テレサに感銘を受け、ドキュメンタリーも見ていますし、関連書籍は全部読んでいました。ある日突然イタリアから電話があり、是非にと監督からオファーをいただいたときは、神からの贈り物のような気持ちでした。ただスケジュールは大変厳しく、物理的には一週間半でしたが気持ちの上では20年間準備し続けた役でした。 Q : 20年来の夢とおっしゃいましたが役作りにプレッシャーは無かったのでしょうか? 特殊メイクでは鼻などもつけているんですが、体型としてはあまり似ていませんので、きっちりと体験するということで役作りをしていきました。バチカンでたくさんのシスターとも会いました。 Q : オリビア自身はカトリックなのでしょうか? 両親はカトリックで私も子どもの頃から教会に行っていましたが、今はすべての宗教に敬意を払っています。キリスト教に限らず、宗教は自分の中の内なる神にたどり着く旅だと思っています。 Q : ローマ法王に祝福を受けたときの状況を聞かせてください。 面白い体験でした。ヨハネ・パウロ二世が書いた映画に出演したことがありました。それは公開されなかったのですが、ヨハネ・パウロ二世には親近感がありまして、映画を楽しみにしていてくださいと手紙を書きました。そして面会して祝福を受けることになりました。イギリスの女王にも会いましたし、美智子皇后陛下にも会うことができました。私は大変幸せです。 Q : 撮影中のハプニングやエピソードはありましたか? とても暑い中での撮影でしたので肉体的にきつく、順繰りに体調を崩していきました。そのなかで自分だけはお休みがなかったんです。というのは汗をかくと、メイクでつけた鼻がずるっと落ちてしまうので、その度に横になって一時間くらいメイクをやり直してもらっていたからです。耳鼻のどに炎症を起こしたこともあったのですが、私には抗生物質もあるし、ドクターが二人もいる。マザー・テレサは…、それを思えばこれくらいと自分を鼓舞しながら演じました。 マザーが望んでいたとおりの作品だと思います。ハリウッドの有名な役者さんが出ているわけではなく、小さくてスウィートでシンプルなメッセージを持った作品です。 (記者会見 PHOTO&TEXT BY HUIT)
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