『天空の草原のナンサ』
2005年12月、日比谷シャンテシネにてロードショー!
配給:東芝エンタテインメント

ビャンバスレン・ダバー監督 来日記者会見

『らくだの涙』(The Story of the Weeping Camel)で一躍脚光を浴びることとなった女流監督ビャンバスレン・ダバ ー(Byaambasuren Davaa)が、劇映画第1作目となる『天空の草原のナンサ』(The Cave of the Yellow Dog)を完成、2006年お正月ロードショーを前に2度目の来日を果たした。
ビャンバスレン・ダバー監督は鮮やかなブルーサテンのデールを纏って登壇。質疑応答では、ひとつひとつ記者の質問に真剣に答えていた。

司会 : 『天空の草原のナンサ』ビャンバスレン・ダバー監督の来日記者会見へようこそいらっしゃいました。
『らくだの涙』以来の来日になりますビャンバスレン・ダバー監督ですが、『天空の草原のナンサ』は2006年12月より、日比谷シャンテシネにて上映です。
監督の祖母が遊牧民の生活をされていたとの事ですので、その辺りのお話も訊いてみると良いかと思います。
それではご紹介いたしたいと思います。拍手でお迎えください、ビャンバスレン・ダバー監督です。

司会 : それでは最初にみなさまにご挨拶をお願いできますでしょうか。

監督 : こんにちは。(あまりに完璧な日本語なので、記者たちもきょとん顔。それを察して)
私の日本語で言ったのはお分かりにならなかったですか?(と通訳に)

司会 : いえ、分かりましたよ。ちゃんと発音出来てまして、大変お上手な日本語で…(笑)
ビャンバスレン・ダバー監督、二度目の来日で今の日本の印象はいかがですか。

監督 : 非常に素晴らしいの一言に尽きます。

司会 : はい、ありがとうございます。それでは早速質疑応答に移りたいと思います。
ご質問の方はどうぞ。

Q : 子供たちがとても可愛かったですが、撮影の合間はどのようにコミュニケーションをとりましたか?

監督 : 子供たちには決してこちらから何をしろという注文はしないようにいたはました。子供たちとは常に子供同士の友達という風に一緒に遊ぶ感じの中から、コミュニケーションをとるようにしました。

Q 司会より : 子供たちもそうですが、映画の中のあの一家はどうやって見つけ出したのですか?

監督 : 映画に登場させる家族は、もうものすごく探しました。探して探してやっとあの家族を見つけられたんですね。私は主人公となる家族の構成にいくつかの条件を持っていたので、撮影にかなう家族を見つけ出すには非常に苦労しました。
一つは家族の中に学齢期に達した子供が居ること、そしてそれより幼い兄弟も複数居る家族構成が欲しかったのです。
家族に就学する子供がいる場合、牧民の家庭は今後一家で都会に出て暮らすのか、それとも牧民生活を続け子供だけを学校に通わせ るようにするのか…という大きな選択に迫られる時が来ます。

2週間くらいは探すことになったと思いますが、ある家庭では両親はOKだけれども子供の条件が揃わないとか、逆に子供の構成はピッタリでも、両親が子供たちを映画に出演させることに協力的ではなかったり…と、なかなか一家での条件が揃うことが無かったのです。
自分の姉の子供を連れてきて、寄せ集めのその場しのぎの家族を作って出演させようかという案もあったのですが 、それは私は絶対避けたかったのです。
本物の一家、家庭のつながりを大事にしたかったので、条件の合う家族 を見つけるためにこればかりはずいぶんと探しました。 ※1)

Q : 前作ではラクダ今回はイヌですが、どちらも人間と同じように動物を扱っているような印象を受けますが、監督にと っての動物を描くと言うこと、撮影する際の苦労がありましたら教えてください。

監督 : 動物と言うのは人間の思い通りに動いてくれるわけではなく、それが大変ではありますが、モンゴルの牧民の生活を表すためにはやはり人、自然、そしてもう一つ大事な存在として、動物と言うのが欠かせません。
この3つはどうしても切り離せない大事な関係です。

モンゴルの暮らしというのは、私は人と人の繋がりが根源にあると考えています。文明が進化して行くにつれて人同士の絆は益々薄く細いものになってしまい、最後には切れていってしまう方向にあるのではないかと思うのです。
でも、牧民の人たちはそうしたものが現代社会に暮らす人たちよりも、もっと強く太い絆で結ばれていると言うことが伝わると思います。この絆が無くなっていく事は残念です。

また、ゲルの解体というのは、強く結ばれている絆が一度解かれ、とてもコンパクトに纏められ積まれても、運ばれた先でまた元通り組み立てられるという、背後にある絆というものを実に象徴的に表しています。

Q司会より : 輪廻転生もこの映画に描かれていると思うのですが、モンゴルの方たちはごく自然にそう言ったことを感じているのでしょうか?

監督 : そういった考え方はずっと伝統的に持っていると思います。モンゴルも伝統的に仏教の国ですし、仏教観の輪廻転生というものは、誰しもがいまでも普通に持っているはずです。

Q : 内モンゴルには行った事ことがありますか?モンゴルと内モンゴルとでは文化的な違いが有るのですか?また、モンゴルでの草原の私有化の問題を防ぐ対策は有ると思いますか?

監督 : 内モンゴルには行った事はありません。行ってみたいという希望はあるのですが、政治的にも往来が自由ではなかったので行けませんでしたが、今現在は許されることなので是非行って見たいと思っています。
内モンゴルの方ではもはや遊牧形態が完全に崩れてしまっているそうです。私が今暮らしているドイツの方にも内モンゴル出身の友人が居ますが、その人たちからは、土地の私有化がどうしても政府の政策で行われたことで、内モンゴルの牧民の人たちは牧畜生活を営むことは出来なくなったと聞いています。

モンゴル国の場合は内モンゴルほどの土地の私有化は進んでいませんし、政策的にも若干違いますから今すぐにも遊牧民が消えてしまうということは無いと思います。ただ、牧民の人たちの中には都会での安定した暮らしを求めて、 都会に出てきたりする場合もあって、そうすると少しずつ数は減って行くかも知れません。
また土地の有効的利用の考えもあって、土地の私有化がここでも出てくれば内モンゴルと同じように消え行くことになるでしょう。これはどうにも仕方が無いことではないでしょうか。

Q : 現在はミュンヘンにお住まいですか?大学や居住地としてドイツ・ミュンヘンを選ばれた理由やお考えをお願いします。

監督 : ドイツをなぜ選んだかというと、映画の勉強をする際に東京でもモンゴル国内でもそうですが、やはりお金が掛かります。でも、ドイツは幸いなことに奨学金制度が充実していて、学生は全て無料で学べますから、そういう意味ではドイツを選ぶ理由は大きいのです。そのなかからミュンヘンの学校が合致しました。私はまだ大学生ですのでミュンヘンに住んでいます。

Q : 今回フィクション映画としての初めての脚本ですが、特に苦労した点はありますか?

監督 : 前作のドキュメンタリーと今回フィクションということで比較しても、大きな差は無いと思います。というのも、どちらの場合もプロの役者さんを用いたのでもありませんし、ごく普通の人たちの普通の生活を捉えていますから、そういう意味でも前作と今回とで素材も同様なので、特に大きな違いといったものはないように思います。

Q : 監督がPCに向かっている写真を見ましたが、シナリオを書き進めて行くのは、ミュンヘンでですかそれともモンゴルでも書きましたか?

A ダバー監督 : 撮影以外は殆ど全てドイツにて進めました。というのも、私自身では製作費用を捻出しきれないのでスポンサーが必要になってきます。でも、自分の中には脚本というか何をどう進めてゆけばよいのかは、私の頭の中にはすっかり出来上がってしまっていて、脚本など特に書いても書かなくても良いのですが、上のスポンサー獲得には具体的にプランを示す必要もあるわけですね(笑)ですから今回はドイツでの資金ですので、シナリオはドイツで書き上げましたが、今度は日本語も勉強しまして、日本の方たちにもスポンサーになって頂けたらと思いますよ(笑)

司会 : 映画の中でお婆ちゃんが黄色いイヌの伝説を話すくだりがとても印象深いのですが、この伝説が映画のベースにあるともお伺いしました。

監督 : モンゴル語で"黄色いイヌの地獄"という呼び名は、実はモンゴルの休火山の火口跡の、ある場所の地名でもあります。動物が落ちてしまうと二度と出られなくなるようなそうした火口跡に、昔、黄色いイヌが落ちてしまった…というところから、言い伝えがあるようです。
とくにタリアトという場所には、こうした火口跡が多くこの地名が残っているようです。

Q司会より : ツォーホルくんというイヌが本当に名演技で、パルム・ドール賞をもじったパルム・ドック賞も実際に受賞しているのですが、あの演出はどのようにしたのですか?

監督 : 実のところ本当のことを言いますと、子供よりもイヌの方がずっと扱いやすかった…と申し上げておきます(笑)
子供の場合は本当に自分の気分に忠実で、気持ちの乗らないときにはこちらを相手にもしてくれませんし、こちらがああしろこうしろと不自然になるようなことを言ったところで、当然自然な動きにはなりませんので、気分が乗るようになるのを祈るような気持ちで待つことになります。
でも、イヌの場合は非常に簡単でして、その辺に美味しそうなハム・ソーセージを置いてあげますと、それを目指して走っていってくれますから、イヌは扱いやすかったと思います。 ※2)

私の撮り方は、事前にシチュエーションを考えてこう撮ろうとか考えるのではなく、動物たちや子供たちをずっと見ていて、良い動きをするときがあったらそれを逃さず、直ぐに対応するように撮影します。そうして撮り溜めたものを繋げたことで、自然な思いもかけないような映像になったのだと思います。 だからこういう映像が欲しいと、やらせようと仕向けたことは殆ど無いと思います。

司会 : 粘って粘って撮ったということですよね…

監督 : 私の得意とするドキュメンタリーの極意というのは、とにかく良い瞬間を待って待って撮るというのが一番大事になります。そういった意味でも今回の映画もドキュメンタリーの手法が同様に活かされていると思います。
子供たちの動きにしても思いもよらないいい動きがありますから、それは予め計画したものでない、良いものが沢山盛り込まれています。

Q : グントヤー・ルハグバの物語に心を動かされ、本作の縦軸にもなったとありますが、これはどんな物語ですか?この物語のどのような部分に心を動かされたのですか?

監督 : ガントヤーさんという女性なのですが、モンゴルのラジオ番組を持つキャスター/ライターの一人で、「らくだの涙」でインタビューを受けたりして知り合いになった際に、彼女から今度こんな話を知っているから送るね…といった話はしていたんです。
モンゴルで映画を学んでいた時代の先生から、イヌが子供を救ったという彼女の話を聞いたのですが、その語り部がとても素晴らしく、イヌによって子供が救われた辺りはとても感動したわけです。それで本作の中にも一部その鷲から子供が救われるシーンに使いました。
実際に読んだのは映画を撮った後だったのですが、もし先に本も読んでいたらもう少し違っていったかもしれないとは思います。

Q : モンゴルでの自然は雄大でとても美しいですが、それと同時に厳しくもあり不便な点もあるかと思います。撮影にあたっての苦労やエピソードがあれば教えてください。

監督 : 自然の中に暮らして撮影を進めるということは、「らくだの涙」もあって十分に経験は積んでいます。なので今回の難しさは、私が二つの文化の中に入り、違いの多いカルチャー同士を如何につなげるかと言う点にあったと思います。今回もこうした環境の違う中でも十分に対応でき、また現地の人たちとも協調出来る事を念頭に置き、スタッフに集まってもらいました。
ですから、今回はそれほど大きな困難は無かったと思いますし、撮影の最後にはスタッフや主人公となった家族一家たちと打解けて、全部が一つの家族一帯になったような理解ある間柄になりました。

私が思うに元来人というのは自然の一部であって、牧民の家族たちのように自然との共存が大前提にあるのではないでしょうか。都会社会の生活様式を牧民のところへ持ち込んでそのように暮らすために牧民の地に入るのではなくて、彼等のところに行き、彼等にお願いする形で制作活動もするのですから、人間が自然と共存する生活が元々の当たり前であるように、私たちもそう努力をしましたので、難しい事と言うのは無かったように思います。

Q司会より : 今、日本では何気にモンゴルのブームだと思うんですね。ジンギスカンのお店があったりとか、あと力士の朝青龍関もモンゴル国出身ですし。監督は朝青龍関はご存知ですか?日本でのモンゴル人気を監督は何だと思いますか?

監督 : ええ、朝青龍を知らないモンゴル人はいないと思います(笑)私はお目に掛かったことはまだ無いですが、よく知っています。
日本だけということでなく、近頃はヨーロッパでも牧民のような暮らしをある種の理想的暮らしと位置付けされたりします。これは一つには今の都市生活が、やはり余りにも自然とかけ離れ過ぎたものになってしまっていると気づきつつあるということです。太陽や雨といったものと全く違う環境に自分を置いても、とりあえず支障なく暮らせる仕組みになってしまっていて、いまはもう自然というのは人とはちょっと別のものと思えるほどになってしまっています。
しかし、近代への発展の過程の中で、かつては自然と協調し自然の中で暮らしていたという、郷愁を感じたり、そうかと思えば自然と共存した暮らしは、まだまだ原始的で遅れたものだという考え方もありました。
でも、自然と共存する暮らしは決してネガティブな事でなく、本質的に素晴らしいことなのだという考え方が、各方面で出てきているので、それを体現し続けているモンゴルの人々の暮らしが、今こうして注目されるのだと思います。

司会 : はいありがとうございました。以上を持ちまして会見を終了させていただきたいと思います。 ビャンバスレン・ダバー監督、どうもありがとうございました。


※1) 映画の中に登場する家族は実在の家族で、また本当に一緒に暮らしている家族である。
※2) 映画の撮影後、名演技を博したツォーホル(犬)はそのままこの家族に引き取られ一緒に暮らしている。

2005.10.13都内ホテルにて。
司会進行 伊藤さとり

 

《監督プロフィール》
ビャンバスレン・ダバー BYAMBASUREN DAVAA
1971年、モンゴル・ウランバートル生まれ。98年、ウランバートルの映画芸術大学に入学。 2000年、ドイツに居を移し、ミュンヘン映像映画大学(HFF)ドキュメンタリー科入学。 03年、HFF卒業制作として『らくだの涙』を制作し、数々の映画祭で上映され、多くの国で観客を集めて大ヒット。バイエルン映画賞ほか、さまざまな賞を受賞し、2005年度のオスカー最優秀ドキュメンタリー部門にもノミネートされた。05年、本作『天空の草原のナンサ』を制作。8月現在、ミュンヘン映画祭ではヤング・ジェネレーション・アワード賞と観客賞を受賞。先ごろ、第78回アカデミー賞(R)外国語映画賞部門にモンゴル代表としてノミネートが決定したばかり。

 


>>『天空の草原のナンサ』 オフィシャルサイト


↑go to PAGE TOP

 
 HUIT インデックス

TOP

ART

FASHION

MUSIC

ENTERTAINMENT

MASS MEDIA

LITERATURE





 


 


 


 


 


 


 


 


 


 

 


 


 


 

 


 

 

 

 

サーチエンジン [MORE] [NEW WINDOW]