『運命を分けたザイル』 片山右京トークショー

2005年1月25日、TOKYO FMホールにて、レーシングドライバーで、なおかつ登山家の片山右京さんがトークショーを開催 ! ! 

「運命を分けたザイル」は最悪の条件下の雪山で遭難した、若きクライマー達の奇跡の生還を克明に描いた、大ベストセラーノンフィクション文学、「死のクレバス アンデス氷壁の遭難」。アカデミー賞ドキュメンタリー長編賞受賞監督ケヴィン・マクドナルドが完全映画化した作品。
2004年イギリス・アカデミー賞最優秀英国映画賞受賞を始め、本国イギリスでは、2003年12月の公開時には『ボウリング・フォー・コロンバイン』を抜きドキュメンタリー部門歴代興行収入第一位を記録。撮影はアンデス山脈とアルプスで敢行。従来の山岳映画のいずれとも一線を画す圧倒的な映像とリアルな迫力、極限状況の人間、そして想像を遥かに超えた驚異的なドラマ。

アワード

2004年 イギリス・アカデミー賞最優秀イギリス映画賞受賞
2004年 イブニング・スタンダード英国映画賞受賞
2004年 イギリス・インディペンデント映画賞最優秀撮影賞、最優秀ドキュメンタリー映画賞受賞
2004年 シアトル映画批評家協会最優秀ドキュメンタリー映画賞受賞
2004年 ゴールデン・サテライト賞最優秀ドキュメンタリー映画賞ノミネート
2004年 第17回東京国際映画祭特別招待作品

文部科学省選定(少年向、青年向、成人向、家庭向)/厚生労働省社会保障審 議会推薦/東京都知事推奨


トークショー

司会 : それでは皆さん盛大な拍手でお迎えください。 片山右京さんです!

司会 : ではご挨拶お願いします。

片山 : (笑いながら) レーシングドライバーの片山右京です。

司会 : 失礼いたしました、私ご紹介を間違えちゃいました? 私いま…

片山 : いや、職業は何ですか?と本当に良く訊かれるんですが、僕はいま現時点でちゃんとした職業はやっぱりレーシングドライバーで。ただレースは二十歳からなんですね、それで、色んな人のおかげでF1まで行かせてもらったんですけれども。

最近ちょっと知っていただいていることも多いんですけれども、実は僕は6歳から父の影響で山をやっていて、丹沢で「おっか」と言って山小屋に荷物を運ぶことをやらされたり、「沢登り」といって滝を登るんですけれど、そういうところにお客さん連れて行ってザイル(ロープ)を張ってあげる…そういうことを小さい頃から父にさせられて、で、子供の頃はどちらかというとそういう遠征隊に入ってヒマラヤなんかに行きたいなぁ…なんて思っていたんですね。

司会 : お父様がお医者さまでいらっしゃって、その父の影響で…と聞くとなんかラグジュアリーな感じがしますけど、今も聞いている限りではなんというか、お小遣いを自分で稼ぎつつ山に登っていたという感じですが。

片山 : いや、全然そんなことはなくて本当を言うと山はあんまり好きじゃなくてですね、体が弱くて連れて行かれて。ただ木登りとかは好きだったので「人工登攀(じんこうとうはん)」といって、道具をいっぱい使う登山なんですよね。
「フレンズ」とか「カム」を使って岩の溝の割れた所に入れて自分を確保するようなそんな道具もないので、木とか石ころを短いロープの端に巻いて「チョックストーン(chock stone)」というんですけどそういうのに掛けて登ったり、こう知恵を使ったり道具を使ったり。
氷とかにはピッケルが短い「バイル」とか「アックス」っていうのがあるんですけどそれを両手にもって登ったり、靴には「アイゼン」というのが付いてて…

今はヒマラヤに毎年行っていて、パリ・ダカール・ラリーに行く前はマナスル(最終キャンプに雪崩で断念)にも行ってるんですけど、どっちかというと僕はバリエーションでは「壁屋さん」と言うと分かり難いかもしれませんが壁を登るのを専門的にやってるんです。

司会 : 小さい時から自然に山に接していたということなんだと思うんですけど、いつ頃から? だって、想像を絶する苦難だと思うんです、ヒマラヤを登ろうと試してみたり…それをなぜ敢えてやろうとしたのですか? やはり好きなんですか、山に登ったりするのが。

片山 : ん〜そうですね、ま、嫌いじゃないっていうのもあるんですけど、F1を引退してもやっぱり幾つになっても挑戦が必要だっていう部分と、それからF1ではですね例えばアイルトン・セナっていう10年前に亡くなった天才ドライバーが言ったんですけど、「神様を見た」とワールド・チャンピオンを獲ったときに言って…
それを聞いて僕はF1では神様を見なかったんです。そこまでのギリギリには(行けなかった)。

司会 : 神様を見るっていうのはどういうことなんでしょう…

片山 : セナは鈴鹿サーキットのスプーンコーナーを立ち上がったときに雲の合間から光が差して、その時セナはスタートで出遅れていたんですけど自分を追い上げるための力を神様がくれた…と言っていたんです。でも僕はそんな神様をレースで見たことがなくて、悪魔ばっかり見ていて、ま〜た失敗したよとか思っていて…(笑)
その後、皆さんも知っているシューマッハが(台頭して)来て、やっぱり2番手3番手入賞はいけたと思っても、1番というのは世の中にはすごい天才というのがいて、乗っているクルマとかも違うっていうと言い訳にもなるんだけど、絶対にこう今のままじゃ勝てないだろう…って。で、引退した後にホントに洒落だけどとりあえずエベレストの頂上に立って。
子供の頃からの夢でしたし、頂上から衛星電話でシューマッハの携帯に電話して『やーい、オマエよりオレの方が高いところに立ってるもんねー』と言ってやるために、"じゃ、ちょっと(エベレストに)行ってやるか"というので始めて。
ただ、一昨年はエベレストがあと60M位でちょっと時間切れで帰ってきたんですけど、そのときにそこがゴールじゃないってのがね、また見えて。
今まだ僕自身は4回行って2回しか成功しなかったりそう意味では力はないんですけど、先人の凄い人たちが行くから、少しずつ努力して…
まだ日本人で14座とか登っている人もいないから、大学の若い山岳部の奴等も煽りながらもっとこう14座を狙いたいな…って、趣味ですけどライフワークとしてやって行きます。

司会 : はい。 この「運命を分けたザイル」の主人公のジョーとサイモンも、大学卒業と同時くらいに登頂するんですね、アンデス山脈のシグラ・グランでですか。
で、その時に彼らが言うのはとにかく、いまおっしゃっていた挑戦、それと誰もやったことがない、1番になること…女性でも最近色々高い山に登ったりとか、パリ・ダカール・ラリーでも、日本人女性ドライバーが活躍したりしますけど、なんでそこまでしたいのかな…と、思っちゃいますが。

片山 : 凄い奢った言い方になるんですけど、じゃ、なぜ山をやるのかっていうと、さっき言った洒落の部分を差し引いても、世界で一番高い場所までもうちょっとと振り返ったら自分よりも高いところがあと少ししかなくて、そこから見える景色を見たときに地球が自転を止めてチベットの高原の上にポッカリと雲が浮いている世界とかが見えたり、昼間なのに宇宙が本当に、空色が宇宙の濃紺なんですよね。
そういう非日常とかそういうものを見たり感じたりしたときに、その瞬間に神様は見えないけれども、自分が少しだけ一歩上がれたような、強くなれたような気がしたり…
で、降りてきてからその分そういう話を子供にしたり、またちょっと人に優しくなれたりできるような…そういう魅力はありますね。

司会 : 今、地球の自転が止まったという表現をされましたけど、どういう感じなんですか。

片山 : 普通の日常生活で、例えば朝起きて電車に乗って会社に行かなければいけないとか、そうした日常の時間の流れもあるし、自分のそのときの精神的なものや立っている場所によって時間てスピードが変わるじゃないですか。

極端な話でいうと去年僕は電気自動車で時速400km/hに挑戦!ってやってみたんですけど、375km/h位まではたった20数秒で行っちゃうんですよね、で、空気抵抗のサーチュレートといって400km/hに行くまでに20秒位掛かって。
400km/h超えてから計測が始まると、1000mを8秒位で行っちゃって止まるまでにも8秒位というと、40,50秒という時間なのに…

人生で40秒50秒って言ったらカップヌードルも作れないし凄い短い時間じゃないですか、一日のうちでも40秒って。でもそれを(計測コースの)バンクの中で歯を食いしばってる40秒であったりパリダカの砂丘を越えて、もう17時間走ってるなぁ…クルマ降りたのがたった3分間タイアのエアを抜くときだけで…その時にこんなに苦しくて暑い時間というのが永遠に続いちゃうんじゃないかなっていうふうに思うときもあれば、かと思うとその忙しさの中で追われていて、あぁ仕事しなきゃと思ってたのが全部抜けちゃうような本当に地球が自転を止めて風の音とか空気の音も止まるような瞬間があったり、8700mとか8800m弱の所までしか僕はまだ行ったことがないですけれども…
壁を登っているときでも真っ白な瞬間があるんですね。

司会 : 今の話を聞いているだけで、なんとなく東京っていう街に生きてるといろんなものに守られていて、でもこの間スマトラ島沖地震で津波もあったときに、あぁ、地球に生きているんだなぁ、そういえばって思ったんですね。だから地球に生きてるんだなって思うことが凄く感じられるんでしょうね、こういう極限状態に行くと。

片山 : まぁ、本当にそうした局面に遭わないと自分たちの冒しているリスクとか自分たちの立っている場所の脆さも本当には分からないと思うんですね。だだ、この映画は実際に起こったことだという大前提で、これから皆さんご覧になるでしょうけれどこれが山の世界の事で自分には関係ないことかっていうと、僕はそうは思わなくてその局面になったときに山だからということではないと思うんです。
誰でも自分が生き残るためにそういう決断をしなければならない、逆に言うと仕事とか何かでは同じようなことをして他人を切り捨てることをやっているんじゃないかっていうのもあったり、最後に皆さん観てクタクタに疲れると思うんですけど自分がそれだけのエネルギーを持っているだろうか、そうなったときに生きるために這いずり回れるだろうかってのは凄く大きなテーマで…
単純に今までの山岳映画でスタジオに作られた発泡スチロールの雪みたいのを見て、鼻血飲んで"何じゃ??"とか思うのと違って、映像自体もドキュメンタリータッチで実際にそこにカメラがあって撮ったんじゃないかと思うような錯覚する程良く出来てるし、その錯覚を除いても映画の内容としては幾つも問い掛けられる部分がある、特殊な映画ですよね。

司会 : 映画を見ていて専門的なんです…ザイルの結び目がどれだけの重さに耐えられるとか、長さでどこまで友達を降ろせるとか計算したりとか、あぁ、凄い数学的なんだなぁと思って、でも、タスク、解決しなければならない問題って、例えば企画会議とか受験とかそういうことにも適応できることがいっぱいあるなと思いますね。

片山 : ただ、本当の現実で自分か放り込まれたときに頭で想像するのとは違いやっぱり死にたくないっていう恐怖心とか、自分の相手や友情、家族であったり、もしかしたらそれは子供であったり…相手が誰が分からないけれどどこまで自分が優しくなれるか強くなれるかというのは、やっぱり練習や勉強じゃできないものなんですよね。そこまで自分が積み重ねてきた哲学とか生き方とか、多分そうやって積み重ねてきたもあると思うので、映画を見てそれから勉強してっていうだけじゃない部分もあると思うんです。

司会 : 生きてるとか死ぬとかそういう部分を超えている所が、この「運命を分けたザイル」には出ていると思いました。それと私たちの日常生活にも分かるようなところもあり、こんな極限状態でこんなちっちゃなことを気にしている…とか、その一方で私たちの知らない別世界で勝負している人も凄いなぁ…と。

片山 : 何度も言うように、これは本当に起こった話ですから観た上で自分に置き換えてもらって二つの場面で自分がどっちの判断をするか、自分なら生き残れるか、考えてもらえたらなぁ…と思います。
山の映画だから違う世界なんだ…っていう、山が好きな人が観て、そういうのはあるなぁ…という部分だけじゃなくて日常に戻ったときに同じく重なっている場面というのがあると思うんです。

司会 : 重い映画ですけど、ただ映像的に言いますとロビーにも片山右京さんの写真も飾ってありますけれど非常に綺麗なんですよね。だから、こんな美しい空、美しい氷河の色とかを観ることが出来るのかなぁと。そういう意味でも感動しました。

片山 : 今までの山岳映画とか山を題材にした映画では、本当に漫画みたいな現実離れして首をかしげる演出が有り過ぎたので、そういう部分においても全てにおいて本当に同時に登りながら撮っているというのが、この映画の映像の本物さを出していますよね。

司会 : 本物っていう意味で思ったのが、荷物が凄い少ないのがびっくりしました。
それとこの映画で初めて知ったことですが、粉雪の怖さ…粉雪がどんどん積もってゆくと「ピッケル」を刺しても刺さらないんですね? あんな所は本当にあるんですか?

片山 : 例えばヒマラヤなんかだと全部がパウダーみたいに粉雪に近いので、おにぎりみたいに握ろうと思ってもおにぎりにならないですし。
下りでは下りのほうが危ないんですがロープの「アプザイレン(懸垂下降)」でスーッと下れるような本当にバーティカル(垂直の)だったら良いんですけど60度、70度で歩いて降りるときには足元を確保するのにさっき言った「ショートバイル」とかだと腰を屈めなければならなくて、そういうことも出来ないんで、「ピッケル」なんかも意外に長い75cm位の初心者用みたいのを持って行ったり。
去年11月にマナスル行った際にあまりにジェット気流が強くて、7600m地点でC3にいたんですけど、その粉雪が溜まってきてそれは重いんですけどサラサラと積もってきてそれが崩れてテントを潰されました。
で、ポールが折れてテントを突き破ったところから、砂のようにサーっと雪が入ってきて
テントの中にどんどん溜まってきます。

司会 : それって砂時計の中に閉じ込められたような感じですよね?

片山 : 全くそういう感じで、この砂時計が一杯になるまでに朝を迎えられるのななぁ…と思ったのと、移動も出来ないし外は寒いし、テントの中で燃料を焚いていてもマイナス27度くらいだったので、外に出た体感温度だったらマイナス60度位にはなります。高速道路で200km/h以上のスピードで走っているような風が吹いてますから。
普通はプラトっていうもう少し平らの所にテントを張るんですけど、ぎりぎりの所で風が強過ぎで、ちょっと下の所でテントを張っていて…でもそこから先は落ちるような崖ぎりぎりの所でして。
で、雪が崖側にだんだんと背中を押してくるし、自分の居場所を確保しようとテントの中の雪を蹴飛ばしたら、なんと馬鹿なことをしたというか二人で吸う分の酸素ボンベのレギュレーター(安定器)壊してしまって酸素まで失っちゃって…
僕は健康体でいられましたが、一緒にいた友達やシェルパも凍傷が酷くなって…次の日は朝を何とか迎えられたけど、仕方ないので一度皆で降りてきて僕たちはまたすぐにアタック準備に入ったんですけど、結局天候が回復しなくて…

司会 : そんな極限状態から生還されたんですね。

片山 : でも、それはまだたいしたことなくて(笑)
去年シシャパンパやその前のエベレストのC1で夕方お茶を作ってたらですね、パキーン!と音がして何だ?と思って顔を出したら上からセラック(氷の塊のようなもの)が落っこってきて、雪崩ではないんですけどその爆風が10秒くらい後にやって来る…
その時テントに3人いて、「逃げる?逃げたってしょうがねぇ…閉める?開ける?」どうしようかと言っている間にその爆風がやって来てテントが300m位飛ばされて…それが地下鉄で線路の上に寝て電車が上を走って通るような爆風で…終わったときには自分がどこにいるのか、上が下がどっちか分からなくて。
でもパッと開けたら、ドリフのコントみたいに体中真っ白になってプッと雪を噴き出してですね(笑)

司会 : 結構そんな気楽に…あぁ、大体300m位かなみたいな感じなんですか?

片山 : やっぱ馬鹿は一回死ななきゃ分かんないって言われるんですけど、生きているうちは何度でも行けるんです(笑)

司会 : 生きているうちは何度でも行ける…では、今後の登頂予定などについてお話いただけますか。

片山 : 本当は今回パリ・ダカールから帰ったらまたエベレストに春直ぐ良い時期に行く予定だったのですけど、パリダカで(本人が思っていた以上の?)3位になっちゃったんで、逆に仕事として砂漠で走ることになってスケジュールがずれちゃいまして…
山の方は(経歴的に)今は大したことないんですけれど、一回とにかく頂上に立てたら次は友達に付き合ってもらいって酸素なしで行きたいと言っていて、これが行ければ次は独りで行きたいし、成功すればその次今度は厳冬期に行きたいとか…
さっき言ったように未だ14座の中でいっぱい残ってるんで、一つ一つ挑戦しながら経験を積んで行ったり。耐久レースとしての人生未だ先が長いし、よく言うには山は逃げないので勉強しながら経験積んで、少しずつバリエーションを増やす方向に入っていったり、どんどん自分を高めるよう行ける所までは行きたいと思うんですけど。

司会 : はい、分かりました。では、レース、レーシングドライバーとしても世界でこれから1番にも期待したいですし、登山家としても是非どんどん登っていってください。
そろそろ、お時間で、残念なのですが…片山右京さんとはお別れしたいと思います。

片山 : はい、では皆さん非常に疲れる映画ですけれども(会場笑)深呼吸しながらね、頑張って観て下さい。ありがとうございました。
司会 : 片山右京さんを改めて拍手でお見送りください。どうもありがとうございました。
(拍手の中、退壇)

 


【囲み取材】

インタビュアー : まず、映画をご覧になられた感想をお聞かせください。

片山 : いや〜クタクタになりましたね。 単純に山好きとして観ていて、今までのバラエティーっぽい山岳映画と違って本当にドキュメンタリー・タッチで実話でもあると言うこと。
それから、いくつかの場面で自分もその状況に置かれたときに、自分だったらどうするだろうか…生き残れるだろうか…と言った事を考えさせられ、見終わるまでにクタクタになりました。

インタビュアー : 片山さん自身が登山をされていると言う事もありますから、いまお話にあったように実際にこの映画の二人の立場になったら非常に身につまされると言う部分もあったのでは?

片山 : そうですね、振り返ったときに自分だったらどうするんだろうと思うと、僕のフィロソフィーとして絶対に見捨てずに何とか助け出す方法を考えるだろうと思ったんですけど。
ただ、映画を離れたところで、山での遭難を題材にしただけじゃないという部分で、自分はこのように仲間を助けてやってきただろうか、ザイルを切るのと同じような意味の行為をやっていないだろうかっていうのが、大きな疑問として投げかけられました。

インタビュアー : 片山さん自身の登山の状況を伺いますが、マナスルの登頂に挑まれたり、いわゆる8000m級を越える山が14座あって、トークショーの中でもいずれは登頂に挑戦して成功したいとおっしゃっています。
いま2座既に制覇されていますが、F1の世界でも最高位を目指され、日本人として最多参戦の戦績を持った片山さんが感じる登山の最大の魅力はどういったところですか。

片山 : 元々が山で育った環境があってそっちを目指していて、レースのほうが後なんで、登山の素地はあったんです。いまのモチベーション(動機)と言うのは登れるか登れないかと言う結果は分からないけれど、とにかくまた原点に戻ってクライミングと言う中で自分にF1で与えられちゃったシューマッハとかに対するコンプレックス等を無くすように、今度は世界で1番になるんだとか…なんて小さい事に拘ってるなぁとか思いますけど(笑)、そう言うことと同じように挑戦をしてゆくってのが、自分にないと生きてゆけない人間なので。
日本人でまだ14座登った人はいなくて、去年僕がマナスル行っているときに横のアンナプルナで名塚(秀二)さんが10座記録達成目前に亡くなっているので、そうした遺志を継ぐつもりでどんどんね…日本人は元々文化的に登山に強いと言うのもあると思うので、頑張って受け継いでいきたいというのは気持ちの中にあります。
---中略---

インタビュアー : 登山はご家族の理解と支えと言うのが有ってこそと思うんですけど、ご家族の方は何かおっしゃていますか?

片山 : ホント最初の頃は、「私はレーシング・ドライバーと結婚はしたけど登山家とは結婚してないわ」とウチのかみさんにね…そりゃ名言だね(笑)なんて言ってましたけど、でももう最近はね、"挑戦家"片山右京と言う事でしょうがないなと呆れられていて、慣れてはきてます。
あと、人間いずれ絶対死ぬから挑戦していく過程で何が起こるかなんて分からないし、臆病にやってるのと何があっても絶対帰ってくるから、この映画みたいに這ってでも帰ってくるからと約束しているので、まぁそれで許しを辛うじて貰っています。

インタビュアー : 最後にこれからご覧になる方々にメッセージをお願いします。

片山 : 衝撃的な本物の山の映像シーンやその美しさと同時に、これは実は山でだけの問題ではなくて友情とかとザイルで繋がっている部分をどうやって自分が生きる上で判断を下して行くだろうか…と。
それと自分が生き抜くためにどれだけのエネルギーがあるかとか、結構挑戦的な映画なんですね。あの、非常に疲れる映画ではあるんですけど、是非ご覧になってもらいたいと思います。

インタビュアー : はい。ありがとうございました。

2005/1/25 TOKYO FMホールにて text & photo : HUIT

 

 

『運命を分けたザイル』
2月11日(祝)より、テアトルタイムズスクエアほか全国順次"希望"ロードショー !!


配給 :
アスミック・エース

アスミック・エース

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↑「運命を分けたザイル」
監督:ケヴィン・マクドナルド
原作:ジョー・シンプソン
出演:ブレンダン・マッキー,ニコラス・アーロン,オリー・ライアル,ジョー・シンプソン,サイモン・イェーツ,リチャード・ホーキング


↑片山右京





↑試写会前に行われたマスコミ向けのフォトセッション


↑司会 :TokyoFMでラジオパートナーなどを務めている七尾藍佳

 

 

 

 

 

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