白バラの祈り―ゾフィー・ショル、最期の日々
(SOPHIE SCHOLL - DIE LETZTEN TAGE)

監督 : マルク・ローテムント

出演 : ユリア・イェンチ(『ベルリン、僕らの革命』)/アレクサンダー・ヘルト(『ヒトラー〜最期の12日間』)

記者会見

2005/11/21『白バラの祈り ゾフィー・ショル、最期の日々』
マルク・ローテムント監督(37)、ユリア・イェンチ(27)来日記者会見
司会進行 伊藤さとり 通訳 島田真喜子

司会 : 本日はこの映画の監督、マルク・ローテムント監督、主演ユリア・イェンチさんが来日しています。
マルク・ローテムント監督は今年のドイツ映画祭に続き二度目の来日、それからユリア・イェンチさんは『ベルリン僕らの革命』でお馴染みかと思いますが、初来日となっています。
ユリアさんは土曜日(11/19)に来日されて少しの時間があったようで浅草を観て回られたようです。お買い物する時間は無かったそうですが、すき焼き屋さんで随分と楽しまれたようです。

ユリア・イェンチさんは日本の監督陣にも興味を持っていらして、黒澤清(くろさわきよし)監督、『ドッペルゲンガー』(2002年)という作品をご存知で、今回の来日でDVDをお求めになったそうです。それから好きな日本人監督として三池崇史(みいけたかし)監督の名前を挙げられまして、彼の『オーディション』(2000年)という作品を以前本国で観て、とても素敵な監督だというふうにおっしゃっていたそうです。

本日のこの作品『白バラの祈り ゾフィー・ショル、最期の日々』は第55回ベルリン国際映画祭にて3冠を受賞しています。最優秀監督賞、最優秀女優賞、全キリスト教会コンペ部門最優秀賞、その他にもドイツ映画賞など様々な受賞をしています。そしてアカデミー賞でも外国映画賞ドイツ代表作品に決まっています。

さぁ、それでは早速お呼びしたいと思います。盛大な拍手でお迎えください。マルク・ローテムント監督、そしてユリア・イェンチさんです、どうぞ。

それでは早速ご挨拶を頂きたいと思います。まずはマルク・ローテムント監督宜しくお願いします。

ローテムント監督 : まず最初に、みなさまにはこのような多大な関心を持っていただいて、またお忙しい中お集まりいただき本当にありがとうございます。私にとりまして、きょうこの場に居る事は大変な栄誉でございます。
また配給のキネティックさまにも本当に多大な尽力をいただいた結果、アメリカでの映画公開時期と同じような来年2月に日本公開されるということも大きな栄誉です。
(ローテムント監督は「アリガトウ」と通訳の後に日本語で感謝の言葉を述べました)

司会 : どうもありがとうございました。続きましてユリア・イェンチさんからもご挨拶いただきたいと思います。

ユリア : 私も今回の来日、とても嬉しく思っています。「トウキョウニコレテウレシイデス」またたくさんの人にこの映画を観ていただきたいと思っています。東京に来た感想はとても良い所で、大変気に入っています。今回残念ながら長く滞在できませんので、また出直して来たいと思っています。

司会 : はいどうもありがとうございました。
まずお二人に、ベルリン国際映画祭での3冠受賞や数々の賞の受賞をお祝いしたいと思います。本当におめでとうございます!(拍手)
折角ですので、その時のお気持ちを監督とユリアさんにお話いただきたいと思います。

ローテムント監督 : ベルリナーレ(ベルリン国際映画祭)の素晴らしいところは、賞の授与の前に実は20分間ものスタンディング・オベーションをいただき、その20分間の中、全ての俳優全てのスタッフを舞台の上で紹介してくれたということです。これは本当に大きなご褒美だったと思います。受賞の喜びに加え、このことは更に驚きました。
それから、ベルリナーレの後この映画がいろんな所で賞をいただいたということで、これ以上の展開は望めないだろうというほどの素晴らしい現況になりました。

この他にも、賞の中には観客が選ぶ賞も有りまして、パリ、ローマ、ブラジルとアメリカでこうした観客賞を受賞しました。私たちは観客のために映画を作りますから映画人としてこれ以上の賞は無いと思っています。
それからドイツ映画協会の平和賞もいただきましたし、この後本国に戻りますがドイツではユダヤ人協会賞もいただくことになりました。
またこの映画がドイツでのオスカーに当たるような賞の候補として推薦されることになりました。同じ賞には日本映画も候補に上がっているのでお互いに応援しあいたいと思います。

ユリア : この映画はたくさんの国で賞をいただいていまして、そのこと自体がとても嬉しく思っていますけれども、一番嬉しく思うのはなるべく多くの人に観ていただきたいということなんです。多くの人に観ていただき、そして映画を観終えてどのように感じどのように思うかという、感想を耳にするのが嬉しいのです。
この映画では色々な所で上映会をし、その後のQ&Aコーナーを設けたりしました。そのことからいかにこの映画について人々が語ったり意見を交わしたがっているかが分かりましたし、この映画をドイツのナチス政権のありさまを描いた映画としてではなく、人間の勇気という人の心の普遍性を描いている映画だというふうにとらえていただいたのがとても嬉しかったです。

それからベルリナーレの受賞のときですが、実はベルリナーレの観客というのは非常に目が肥えていてシビアな評価をするから、自分の期待とは違う反応であってもがっかりしてはいけないよ…と前もって言われていました。でも、ことさら素晴らしい反応をいただくことになり、とても嬉しかったですしとても興奮しました。

司会 : はいどうもありがとうございました。それでは続きましてみなさんからも質問を承りたいと思います。

Q : ユリアさんに伺います。主人公ゾフィー・ショルを演じるにあたり教会に通ったり教徒と会ったり等、キリスト教的な勉強をしましたか?

ユリア : 脚本を読み、役作りをする上で、ゾフィーの信仰心が最期の数日間の未知なる力になったのだなと感じました。脚本からそのことに気が付き、内なる力を信仰から得ていたということを、自分の言葉に置き換えようとしました。ゾフィーという人は非常に批判的なものの見方を通して信仰への道を見つけたのだなと思いました。

もともと彼女は何でも鵜呑みにしたりしないようにして、自分の信念にたどり着くのですが、そうした信念と同じ物が聖書にも書かれているではないかと、後になって気が付くのです。
自分たちの信じているこうした信念が、戦争という時代と風潮に人々からも忘れ去られようとしている。でも、これは聖書に書かれていたからキリスト教の道にたどり着いたというわけではなく、もともと彼女が持っていた信念だったのだと思います。
でも、質問の通り実際に教会に立ち寄ってみて、どんな感じなのかを彼女の目を通したつもりになって確かめたりはしました。

Q : 白バラという抵抗組織について質問します。当時白バラのような抵抗運動は他にもあったのでしょうか?
ドイツの人たちにとってこの出来事が持っていた意味はどんなものなのでしょうか?
学校教育の場ではこうした出来事を学ぶのでしょうか、教えてください。

ローテムント監督 : 白バラ以外の抵抗運動はありました。例にあげた二つ以外にもナチス軍内部でもヒットラー暗殺を企てていた抵抗運動が1944年にありました。この運動家はシュタウフェンベルク※1という人物ですが、この活動の一部メンバーはゾフィー同じ裁判官に裁かれていて、その当時の映像も残されています。その裁判の映像を映画でのシーンの参考にしたりしました。
ファシズムの独裁政権では抵抗運動が表面化して認知される以前に潰そうとしますので、我々の知らないところにもたくさんの抵抗運動というものはまだまだ他にも在ったと思います。

それと、統計として資料が残っているのですが、ベルリンに住んでいたユダヤ人で生き延びた人は300人いたそうです。ユダヤ人が1人生き延びるためには100人の協力が必要になったといわれていますので、300×100人分の反ナチスの立場をとるドイツ人がいたことになります。その人たちも抵抗運動と考えることも出来ます。 これらの中でもっとも有名になったのが、白バラのメンバー達だったということです。

独裁政権の在る所、在った所には、その国においてのゾフィー・ショルがいるのだと私は確信しています。そうした考えで私にとってのアジアのゾフィーはミャンマーのアウンサン・スーチーだと思っています。

学校教育においての質問ですが、ドイツには190のゾフィー・ショルの名前がつけられた学校が在ります。ドイツでは全ての学校でナチスの犯した犯罪についてや、どういう人がその抵抗運動に参画し命を落としたかなど、そういったことも教わります。
以前ドイツの大手テレビ局が視聴者に対して時代を超えたベスト国民はだれかというアンケートをしました。※2
1位がコンラート・アデナウアー首相で、4位にショル兄妹が選ばれました。対象が30歳以下の部門ではショル兄妹は1位となりまして、殊に若い世代においては二人の存在は非常に有名です。

この映画製作に携わった全員と、製作する上でインタビューに応じてくれた当時の生き証人とも言うべき人たちみんなが一つの事に喜んでいます。それはこの映画をドイツのナチス政権を描いた映画ではなく、時代や国籍を超えたテーマを扱った映画だと、観てもらえたことです。他者への関心、他者への思いやり、勇気や人道性、信念のために立ち上がるというメッセージを伝える映画になっているということを嬉しく思います。

白バラのような抵抗勢力についてのドイツの人たちの反応ですが、主戦直後ではドイツは日本と同様に瓦礫の山に埋もれていましたから、過去の問題や抵抗運動に関心を示すといったことより、先ず国の再建が第一の課題となり何年もかけて復興していったわけです。しかし、1950年代になってゾフィーの姉がある本を書き始めます。(「白バラは散らず」)この本の中には白バラが配ったチラシや当時の証人の言葉などが書かれています。刑務所の牧師、取調官、白バラの元メンバーの話等が書かれていて、この本の発表がきっかけとなって、過去の歴史問題と向き合うようになっていきました。

司会 : その映画にまつわるリサーチというのも、物凄いことですよね。どれくらいの期間が掛かりましたか。

ローテムント監督 : 数多くの歴史家の方にも協力を頂きまして、実に1年半に渡る調査をした結果、ゾフィーの最期の数日間の詳しい様子が分かってきました。私たちは彼女の取調べ調書と言うものを最初に手に入れることが出来たのです。彼女だけでなく兄のハンスの調書、その他の白バラメンバーの調書といったものもありました。また人民法定での裁判議事録も残っていたり、恐ろしいことに処刑の議事録までもが残っていました。

こうした書類は当時まずミュンヘンで作成されベルリンに送られました。法廷での見せしめ的裁判を進めるための準備としてベルリンに送られました。その後ベルリンはロシア軍の侵攻を受け、それにより書類一式はモスクワに渡ることになります。
モスクワから当時の旧東ドイツに送られ当時の国家保安庁の管理下に置かれましたが、記述の内容が政治体制に馴染まないと言うことで文字通り封印されてしまうのでした。

1990年代、東西ドイツの統一の時代に入り、今度は統一ドイツの連邦書庫に初めてまとめられることになったのですが、当時は何よりも統一の実現の為、東ドイツ側の裁判調書の再調査というのもありますからそれらで精一杯になってしまって、ナチス政権時代のショル兄妹の調書まではなかなか目が向かなかったのです。
そうした中、はたと我々は気になり調書もあるのではないかということで、連邦書庫にショル兄妹に関する調書はあるのですか?と、問い合わせをしましたら、有りますよという返事でした。更にそれはコピーできますかと聞くと、ええ出来ますよ…ということでなんと僅か1ユーロでショル兄妹の調書が手に入ってしまったのです(笑)

たくさんの歴史家が居る中で専門家ではない我々が一番最初にショル兄妹の調書を見つけてしまって、手に入れたぞ!と、いろいろな歴史家に話すと、面目丸つぶれで恥ずかしいとか、何で自分はそのことに気が付かなかったんだ…と大変悔しがられたり、反応も様々でした。

それから、刑務所の中でゾフィーが収監された部屋に、彼女が不意に自殺してしまわないよう見張りとして同室した女囚がいましたが、その彼女がゾフィーの両親に宛てた14ページの手紙というのが有ります。その手紙にはゾフィーの様子が詳細に書かれていて、例えば映画の中で「私夢を観たのよ…」と話すシーンがありますが、その事も手紙にしっかりと書かれていますし、刑務所の中で泣いてしまうことも書かれていて、全ては事実に基づいて撮影しています。

忘れてならないのは当時の生き証人の言葉、例えばゾフィーの姉や取調官の息子さん、白バラの生き残ったメンバーなど、そういった人たちの年齢も今では80-90歳に達していて、戦争の世代から見るとちょうど孫の世代になる私たちが、生の話を聞ける最期の世代しとて色んな話を聞かせてもらったことです。
また、ショル兄妹がどういう教育を受けてきたのかを、お姉さんからたくさんのことを聞くことが出来たのが大変重要でした。兄弟の内面の強さが両親のどんな教育から培ってきたものなのか、今も生きてらっしゃるお姉さんから聞くことが出来ました。

Q : ゾフィーはプロテスタント教徒だったのですが、実際のユリアさんはキリスト教徒ですか。もしそうであればどのような共感がありますか。またはそうでなくてもどこか共感の持てる部分がありますか。

ユリア : 私自身はプロテスタントの教会に所属していまして、当然洗礼も受けました。教会には様々な行事がありまして、例えば旅行が企画されたりお祭りのような催し物とか、そういったものに参加しました。ただ、家庭の中でもそうした宗教色の強かったかと言いますと、そうでもなくて家庭内では教会は重要な意味は持っていませんでした。
礼拝では説教を聴くわけですがその説教を聴いていましても、なんとなく自分の日々の暮らし、人生にどう置き換えられるのかは今ひとつピンと来ません。むしろキリスト教への信仰と言うよりは自分なりにもっている信仰、それは人間の持ちうる能力や力の強さ、可能性といったものを自分なりに信じています。また人生の中での愛と言うものも大事にしたいと感じています。
ただ、ゾフィーが信仰により内面の強さを持つに至ったと言う点は非常に納得がいきます。彼女の持つ隣人愛や共感、他者への責任と言ったものは、キリスト教の教えと一致するものですから、そうした部分では私はよく納得が出来ます。

ローテムント監督 : いま、このコメントで思い出したのですが、ゾフィーのお姉さんが教えてくれたことがあります。彼女の一家はどういう家庭だったかというと、特に宗教的に行き過ぎた家庭ではなくて良い意味で信仰のあった家庭だったそうです。公平さ、自由、そうしたことを信じていた家庭だったそうです。ですから不公平とか自由の剥奪に対して立ち上がるということに至ったのだと思います。

Q : ゾフィーは逮捕されたら、処刑されるかもしれないということが頭に有ったのかどうか…映画を見る限りでは、もしかするとこのまま釈放されるだろうと本当に思っていたかのようにも映ります。最期、あと数時間後に処刑されるのだと悟ったとき、思わず叫んでしまいます。そのシーンの心情と言ったものをユリアさんはどう感じますか。

ユリア :
事件の現場の大学で授業の区切りのベルが鳴って学生たちが出てきたのに合わせて、兄とビラをまいて階段を逃げ降りるシーンがあります。あの瞬間ゾフィーはやった!上手くいった…と思ったに違いないんです。ところが周りの学生たちに紛れて消えてしまう直前に、大学の用務員に大きな声で呼び止められてしまいます。その後学長のところへ連れて行かれますが、その間の時間は物凄いショックだったはずですし、やっぱり見られていたとか咎められてしまったとか焦りもあったと思います。でも警察に連行されるときにはひょっとしたら上手く言い逃れられるかもしれないとも、思っていたはずです。

5時間にも渡たる最初の尋問で、ベテランの取調官を相手にとうとう自分は無関係なんだと信じさせたわけです。ですからこのときには、まだ逃げられると確信していたでしょう。そう思っていなければあのように毅然とした態度、落ち着き払った対応は不可能だった思います。
また、ゾフィーの実際の調書を見ると、捕まったときにはどのように釈明するかなどを兄と相談して予め決めてあったのが分かります。相応しくないスーツケースを持っていた事を咎められても、親元に帰って洗濯物を取ってくるためのものですとか、言い訳を用意していました。

即日処刑を察して叫んだこというのは、通例ならば死刑でも99日間の執行猶予があるはずで、最悪でもその猶予期間に何かしらの望みを持っていたゾフィーが、一転自分にはその猶予も与えられずしかも数時間後に死ぬと決め付けられてしまうのです。ですから完全に逃げ場を失い、死という事実を突きつけられた挙句の叫びであり、このような不正、不公平さへを平気でやってしまう人が存在するということへの、心からの抗議の叫びであったとも思います。

ローテムント監督 : 一つ補足させて下さい…この映画を作った最大の理由は、まず白バラのメンバーの話はややもすると、ヒーローであるとか殉教者だというような語られ方をしがちですが、そうではなくて、最初彼等はウソをついてでも免れようとすると言う風に普通の人間で、恐怖心もある極々普通の人でした。ところが数日間と言う短い間でも自分の選んだ信じた道の担う役割をこなしてゆくうちに、強い心を持つようになりました。そして結果的に信念を貫いた英雄の姿になっていったんです。そのことを伝えたくて作った映画なのです。

ショル兄妹の後に処刑されたヴィリ・グラーフという青年も、執行の直前、妹に対して僕の物語を語り継いでくれ…と最期のお願いをしました。その思いを継いだ妹はその後62年間ドイツの学校を廻っては、兄に起きた事を話して回りました。この妹さんも同じように取調べを受けて4ヶ月間ゾフィーが囚われていた同じ刑務所にいました。彼女たちのした事というのは、平和裏に自分たちの考えをビラにして配っただけだったのです。内容にしても平和についてやもっと人権を守って欲しいと言うことしか書いていないのです。それなのに投獄され尋問をされ続けたのです。ヴィリ・グラーフの妹は怒りを抑えきれず、投獄されていた4ヶ月間に何度もわめき散らしたそうです。
殺人者が政権を独裁している時にそういうことをすると、酷い扱いを受けることになります。その酷い扱いに対して、やはり大きな声で叫ばずにはいられなかったということなのです。

司会 : ありがとうございました。監督の素晴らしい作品の良さと情熱が感じられました。

ローテムント監督 : ドウモアリガト…ドウモアリガト…

以降拍手の中、写真撮影へ。

※1
伯爵クラウス・シェンク・フォン・シュタウフェンベルク
Claus Graf Schenk von Stauffenberg(1907-1944)
クーデター計画「ヴァルキューレ」を主導した陸軍大佐
クーデター失敗後シュタウフェンベルクらはゾフィーと同様に即決裁判でベルリンで銃殺される。
※2
ドイツ・ビルト紙とZDFテレビが共同で行った調査企画『最も重要なドイツ人』ベスト200
1位コンラッド・アデナウアー(旧西ドイツ初代首相) 2位マルチン・ルター(思想家) 3位カール・マルクス(哲学者) 4位ショル兄妹(ナチス抵抗活動家) 5位ヴィリー・ブラント(本名ヘルベルト・エルンスト・カール・フラーム 旧西ドイツ首相 1971年ノーベル賞受賞)

 

レビュー

ゾフィー・ショルを演じたユリア・イェンチという女優は、一体どんな様子の人なのだろう…
映画を見て最初にそんなことを思った。普段の彼女を目にしないと気が済まない。そんな気持ちにさせるほど、彼女は映画の中で本当に見事な演技をしていたのだ。
そして、記者会見の場ではあったが、実際に目にした彼女は映画の中のゾフィーよりもずっと柔らかく優しい雰囲気の女性であったことに、ちょっとほっとした。
この映画のゾフィーのように、恐怖に心は揺れながらも正義と自らの信念に命まで捧げるという、どこか危ない魅力を持つ女性そのものだったら、ゾフィーほどに高尚な信念を持っているとは言えそうに無い自分は、会見でどう向き合えばよいのかきっと困ったからだ。
だからと言って勿論彼女がありふれた物腰の柔らかいだけの女性で有る訳でなく、あれだけの演技を湧き起すだけの人間的魅力を内に豊富にたたえている人なのだ。
この映画での大きな魅力は言うまでも無く、また更にこの次の作品も非常に楽しみにさせてくれる女優の1人だと思う。

しかし、驚くべきは裁判にまつわるありとあらゆる資料が、60年も経ち、国家すら別物に代わってしまったいるというのに、今でもちゃんと揃って出てきてしまう辺りは、良くも悪くもドイツの気質のなせる技なのだろう。凄いものだ。この事は何も公文書だけでなく民間のクルマメーカーを見てもまた然り。例えそれが30年前の旧車であっても、パーツリストをめくれば、ネジ1本タイヤのゴム栓1個から今も注文出来るのだから。

こうした正に几帳面が功を奏したとも言える貴重な記録を調べ上げ、資料の貴重さに劣らぬレベルの完成度とリアリティーを導きだした監督とスタッフの本作への愛情と執念は実に見事であり、やはりベルリナーレ3冠も、ドイツ式に掛け値なしに称えられているものだ。

T.Tomonaga

 

 

 


 

『白バラの祈り―ゾフィー・ショル、最期の日々』
2006年正月第2弾、シャンテ シネほか全国順次ロードショー

配給:キネティック


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マルク・ローテムント監督

主演 ユリア・イェンチ






司会進行はお馴染みの伊藤さとりさん


 

 

 

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